甘辛天丼まいたけ課 第5章 偽札事件(2)

「シャイン札《さつ》って何ですか!?」

シャイン札の突然の依頼に戸惑う美味《びみ》に、舞田課長が答えた。

「シャイン札っていうのは、シャイン祭《さい》でしか使えない通貨、紙幣のことだよ。毎年、持ち回りでこのお札のデザインと印刷をするんだよね。そういえば、課長会議で今年は天丼部が担当だって言ってたっけ。まぁ、海老沢部長から直々にお願いされたら断れないよねー。天堂くん、上司の僕が褒められるような、かっこいいお札を作ってよね」

「はぁ……」

「分からないことがあったら穴子課の如呂田《にょろだ》くんがシャイン祭実行委員だから、彼に相談すればいいよ。重要な仕事だけど、ま、くれぐれも気を抜かないで血眼になってがんばってね」

何やら重要そうな仕事が美味の担当になってしまった。しかも、出来の良いものを作らなければならないらしい。やりたくはないが、やりたくないとは言えない雰囲気に満ち満ちている――うん、こうなったらやるしかないだろう。腹を括った美味は、

「じゃあ、今から如呂田さんに詳細を聞いてきます」

と言い残し、穴子課に行くためにまいたけ課の居室を出た。その後ろ姿を真音《まね》がじっとりとした視線で見つめていたのを美味は気づくことはなかった。

* * *

まいたけ課の居室を出て穴子課まで行くまでの間に給湯室がある。そこに人目を引く女性の後ろ姿が見える。海老課の第十二秘書の清川である。籠に入った薔薇の手入れをしているようだ。清川が振り向き、美味と視線があった。

「あ、天堂さん。お疲れ様です」

「清川さん、お疲れ様です。先ほどはどうも。薔薇の手入れですか?」

「えぇ、そうなんです。こんなことしたくもないけど、仕方なくやってるんですよ」

清川は眉間にシワを寄せている。最近の清川は美味と会うといつも愚痴を言うようになっている。今日もまた同じ内容の愚痴を何度も繰り返し聞かされそうな気配である。

「私、海老沢部長の胸ポケットの薔薇補充係に任命されちゃったんです。本当にアホらしい。あのヒト、本当にKusoGG《くそじじい》ですよ! でも、こっちの仕事の方がまだマシなんです。第十二秘書に秘書業務なんて回ってきませんから、バリバリ作業がメインになってたんです。ネイルもほら、こんなになっちゃって!」

清川は濡れた長く細い形の良い手を美味の方に差し出した。その指先のネイルは確かに少し剥げている。

「バリバリ作業って何ですか?」

初耳の言葉「バリバリ作業」について美味が尋ねた。

「天堂さん、海老課の前の廊下通った時、中からバリバリという音が聞こえたことありませんか?」

「はい。度々聞こえますね。海老課はバリバリと仕事をしているなぁと思って感心していましたが?」

「違いますよ。アレ、殻を剥く音ですよ」

鼻先で笑いながら清川が説明するには、バリバリ作業とは海老の殻剥き作業のことらしい。まいたけ課の舞茸ラボのように、海老課の巨大な居室の中には、海老の養殖試験場も備えてあるらしく、そこで捕れた海老の殻を剥いているそうだ。

「自動殻剥き機械もあるから、それで剥けばいいものを『人の手で丁寧に優しく剥く海老はひと味違う』と海老沢部長が言い出し始めて、私が入社する少し前から手で剥かなくてはならなくなったらしいんです。自動も手動も味なんて変わりませんよ。本当に、あのヒト、他人のことを考えずに迷惑なことを押し付けてくるんですっ」

そう言うと清川は、薔薇の茎を剪定鋏で勢いよく切った。

「清川さんの気持ちは分かります。嫌な仕事も引き受けなきゃなりませんものね。あ、私、穴子課の如呂田さんのところに行くのでそろそろ……」

清川の愚痴は永遠に続く。美味が話を切り上げようと言った言葉を聞き、途端に清川の下がっていた口角がキュっと上がった。

「如呂田さん!? あの方、素敵ですよね!」

どうやら清川のような見目麗しい女性も如呂田のファンらしい。

「はい、シャイン祭の件で相談があって」

「あぁ、あのシャイン祭ってヤツですか。アホらしいですよね。でも、シャイン祭では、格安でブランド品も買えるらしいですよ。私の好きなブランドも新品で安く買えるみたいなんです」

怒っているのか喜んでいるのか分からない清川の揺らぐ気持ちが美味に伝わり、居心地の悪さが倍増される。

「でも、社員レベルや評価によってシャイン札の配布額が異なるそうです。イットキさんの私や天堂さんは、最低配布額にさせられるんじゃないでしょうか。いくら安くたってブランド品なんか買えない額ですよ、きっと」

また怒り出している。

「どうせお遊びの文化祭なんだから、シャイン札をコピーして使ちゃおうかしら。あーあ、本当にこんな会社、今すぐ辞めてやりたいわっ!」

清川は薔薇の茎をヂョキンと盛大な音をたてて切った。

「はぁ、そうですねぇ……私そろそろ行かないとぉ……では、またぁ……」

美味は、怒る清川をそのままに、そっと穴子課へと向かった。

* * *

穴子課の如呂田から依頼の詳細を聞くことができ、さらに、合同四課の新商品の超立体画像編集の仕事も終わったこともあって、美味のシャイン札のデザイン作業は滞りなく行われた。その週の内に提出することができたのである。

「天堂くん、シャイン札のデザイン案は好評だったよ。少し修正箇所があるくらいで良さそうだ。おかげで、僕、海老沢部長から、超立体画像編集だけじゃなく平面デザインも良いって褒められちゃった」

まるで自分が褒められたかのように無邪気に喜ぶ舞田課長が言うことには、デザイン案は、課長会議、部長会議、取締役会議と上層へと順に進み、どの会議でもまずまずの高評価をもらったようである。

「それを聞いて私も安心しました。では、最近は残業続きだったので今日は早めに帰らせてもらいますね」

美味は、その宣言通り、終業時刻と同時にマルコンを終了し早めの帰宅した。

「あれ?」

次の日の出社時である。美味はすぐに気がついた。起動したマルコンがどこかいつもと違うように思える。

「どうしたの、天堂くん?」

「舞田課長、私のマルコンがおかしいんです。いつもと違う設定になっていて……」

美味以外の誰かが操作したような気配なのである。

「昨日は、天堂くんが帰った後に僕もすぐに帰宅したからなぁ。真音ちゃんときの子くんが残っていたけど、二人が天堂くんのマルコンなんて触るわけないし、天堂くんの気のせいじゃない?」

「そうですかねぇ……」

まいたけ課のドアは、古びた木製ドアで監視装置どころか鍵もついていない。いつでも誰でも入れるウェルカム状態でなのである。しかも、舞田課長の「人に見られて困るようなデータがあるはずない」という独自の判断でまいたけ課のマルコンはパスワード設定がされていない。美味は、自分のマルコンにどこか違和感を感じていたが、舞田課長の言う通り気のせいかもしれないとも思った。気を取り直して仕事に取り掛かっているうちに、美味は何も気にならなくなった。

「さてと、修正も終わった」

頼まれていたシャイン札の修正も終わり、試しに出力してみたが問題なく仕上がっている。舞田課長は課長会議、真音は別の会議、きの子は別室の舞茸ラボに行って、美味は居室に一人きりだ。試しに出力したシャイン札は、必ず早めにシュレッダーにかけて破棄するようにと注意されている。美味は、まいたけ課の居室を出て天丼部共用のシュレッダー室に向かった。

ガラリとドアを開け、美味がシュレッダー室に入った時、何か気配を感じた。しかし、誰もいない。

(一瞬、誰かいそうな感じがしたけど……)

シュレッダー室の中へと進みながら、そう思った時、

「パタン」

と美味の後ろのシュレッダー室のドアの開閉音が聞こえた。そして、パタパタと遠ざかる足音も聞こえる。誰かがシュレッダー室から出て行ったようだ。シュレッダー室は資材置き場も兼ねていて隠れる場所は沢山ある。もしかして誰かが隠れていたのだろうか。しかし、なぜ隠れなければならないのか……。

嫌な予感とともに美味は、並んだシュレッダー機の中で一番大きな筐体へとゆっくりと近づいた。操作パネルは光っており、起動音もしている。少し前まで稼働していたようである。

「あれ!?――これは!」

シュレッダーの投入口に視線を移した美味は思わず口走った。そこには、半分だけ裁断された紙が残っていたのだ。それは美味が作っているシャイン札にそっくりであった。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第5章 偽札事件(2)」、いかがでしたでしょうか?

バリバリ働くエビ課の面々、本当にバリバリ音を立てて海老の殻をむいていたとは……は、さておき。シャイン札のデザインも難なくこなし高評価。さすが我らが美味! とニコニコしたくなったところで、そうはいくか! とばかり、「偽札事件」が姿を現し始めました。お祭り用のお札とはいえブランド品が買えたりと、紙幣同様の価値のありそうなシャイン札。それに価値の問題以前にこれは会社への背信行為、捨て置けません。この後どうなる? ハラハラしながら、待て、次号!!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内>

スポンサーリンク

フォローする