甘辛天丼まいたけ課 第5章 偽札事件(3)

「こ、こ、これは偽札!?」

美味《びみ》は、震える手でシュレッダーの投入口に残された紙を手に取った。半分しか残っていないが、どう見ても自分が作ったシャイン札《さつ》に見える。まさしく、これは偽札……! その偽札を持ったまま、美味はまいたけ課へと急いだ。中に入ると、居室にいるのは課長会議から戻ってきた舞田課長だけである。

「ま、舞田課長! 今、シュレッダー室にこんなものがっ!」

美味は、持っていた半分になった偽札を舞田課長に差し出した。

「これって、天堂くんが作っているシャイン札でしょ? どうしたの?」

「違うんです! 私が作ったものではないんです! 試しにプリントしたものを破棄しようと思ってシュレッダー室に行ったら、投入口にこれが残されていたんです!」

「何だって!? じゃあ、これは……偽札ってことか!」

ようやく事態を理解した舞田課長は、激しい鼻息とともに荒々しく立ち上がった。

「それはまずいぞ……。シャイン祭《さい》だけで使用される紙幣とはいえ、偽札が見つかったとしたら大変なことになる」

舞田課長の額からは汗が吹き出している。

「大変なことって?」

「管理が杜撰だったということになり、僕が降格になるんだよ!」

「はぁ、そんなことですか」

「それに、まいたけ課自体の存続も危うくなる!」

「そ、それは大変ですっ!」

ブラックホールの社長がシャイン祭にかける情熱は並々ならぬものらしい。

舞田課長の降格は美味には全く問題ないが、まいたけ課がなくなってしまうのは問題だ。

「誰でしょう……。やはり私のマルコンを使って誰かが偽札を作ったんでしょうか……」

朝のマルコンに感じた違和感は的中していたのだろう。美味が知らないうちに、何かをされている。見えない敵を感じ、美味の全身には鳥肌が立っている。

「困った……困ったぞぉ……マルコンのパスワード設定をしていないのがバレてしまう……」

全身から汗を吹き出しながら舞田課長がウロウロと歩き回り始めた。報告が遅れるとさらに大変なことになりそうなのだか、報告をしても大変なことになることは確実だ。舞田課長は何も決断することができずうろつくばかりである。

「どうしよう……どうしよう……」

そんな全身発汗の舞田課長と全身鳥肌の美味の前に、ハラリと何かが舞い降りてきた。美味が以前に見たことがある。それは小さな緑色の紙飛行機である。

「これは……」

美味は素早く紙飛行機を手に取ると中を開き、声に出して読んだ。

「天堂さん、困っているみたいだけど大丈夫? ししとう課 志藤獅子絵《しとう・ししえ》」

やはり志藤課長からの手紙だ!

「そうだ! シトーちゃんに相談しよう!」

舞田課長は雄叫びを上げた。いつもは嫌っている志藤課長なのだが、困った時には頼るようである。

「シトーちゃん!」

舞田課長が志藤課長を呼ぶ声と同時にまいたけ課とししとう課を区切る舞茸柄のカーテンが開いた。現れたのは全身緑色の風格ある女性、志藤課長である。

「舞田くん、天堂さん、大変ね。偽札が作られてしまったみたいね」

こちらの会話は筒抜けである。

「そうなんです。シュレッダー室に偽札が半分残っていたんです!」

「では、天堂さん、急いでシュレッダー室に戻って、細断された紙片を全部持ってきなさい!」

「は、はい!」

確かに、手がかりとなる偽札の裁断された半分はシュレッダー室に残されたままだ。

「僕も手伝うよ!」

舞田課長と美味は、シュレッダー室へと急いだ。幸運なことに、美味の後にシュレッダーを使った人はいないようで、細断された紙片もそのまま残っていた。しかし……その紙片の量が問題だった。

「志藤課長、特大ごみ袋2個分でした」

まいたけ課に戻ってきた舞田課長と美味が抱えているごみ袋の中身はパンパンに膨らんでいる。

「思ったより多いわね」

「シトーちゃん、これどうするんだい?」

発汗が止まらない舞田課長は不思議そうな顔をしている。

「何言ってるの、舞田くん。決まっているじゃない。再現するのよ」

「えっ!? 再現!?」

「やはり、そうですか……」

美味が思っていた通りだが、この量を全部再現するのは気の遠くなる作業である。

「この件は、とりあえずこの3人だけで解決するようにしましょう。まぁ、今回は舞田くんは他人に話すことはないと思うけど、発言には注意してね。では、そのごみ袋はししとう課で預かるわ」

「はい」

「うん」

この偽札事件を知っているのは、美味と舞田課長と志藤課長の3人のみだということだ。緊張感が漂う中、舞田課長と美味はごみ袋をししとう課に運び、舞茸柄のカーテンを即座に閉めた。

「では、まずは早急にこの細断された紙片を再現しなきゃいけないわね」

志藤課長のその言葉に美味はピンとくるものがある。シュレッダーで小さくなった紙片を元の通りに再現できるのは……そう、心当たりがあるのだ!

「その業務はアルバイトとして雇うことは可能でしょうか? だとしたら、最適な人材……いや、犬材を知っています」

「犬材……犬ってこと?」

「そうです。私の家族、万能犬のマロンです」

パズル上級者のマロンであれば、紙片の再現にはうってつけだ。

「あぁ、あの特製ディップを作ったマロンさんね」

しかも、合同四課の特製ディップの件で、すでにマロンのことを志藤課長は知っていた。

「では、ししとう課への短期アルバイトとして雇うことにしましょう」

「シトーちゃん、アルバイトの申請は大丈夫?」

その時、まいたけ課のドアが開く音が聞こえた。志藤課長は素早く人差し指を口に当てた。

「ただいま戻りましたー。あれ、誰もいない?」

何も知らないきの子が舞茸ラボから戻ってきたようだ。ししとう課にいる美味たちのことを気づいていない。志藤課長と舞田課長は、黙ったままメモに何かを書いてアルバイト申請の件を筆談しだしている。そこに、

「誰もいないうちに……」

というきの子の独り言が聞こえてきた。続いて、机の引き出しを開ける音が鳴る。次に紙が擦れあうような音が聞こえてきた。志藤課長と舞田課長は筆談に集中していて、まいたけ課の居室からの音を気にしていないようである。きの子の様子に耳を傾けているのは美味だけである。

「ふふふ……いいよね、これくらい……ボーナスの代わりだよね」

きの子の声が小さく聞こえた。

(引き出しに隠してあるような紙、ボーナスの代わり……。何のことだろう? まさか……!)

美味の心に黒い小さなシミが現れた。

「パタン」

まいたけ課のドアが開く音が聞こえた。それと同時に、きの子は机の引き出しを閉めたようである。

「戻りましたぁ~」

居室に入ってきた声は真音《まね》である。

「お、お、おかえりなさい」

明らかに動揺したようなきの子の声色が聞こえてくる。美味の心の中の黒いシミは少しずつ広がっている。そんな美味の顔の前に志藤課長がメモを差し出した。そこには、

(続きは後で。そろそろ廊下に出てまいたけ課に戻った方がいいわ)

と書かかれていた。そのメモに従い、舞田課長と美味はししとう課のドアを開け、そっと廊下へと出た。

「ぼ、僕、ちょっとトイレ行ってくる」

廊下に出た舞田課長は止まることない汗を拭いながら、トイレへと行ってしまった。その後ろ姿を見送る美味の瞳に向こうから歩いてくる人物が映る。薔薇が入った籠を抱えた清川である。美味は先日の清川との会話を思い出した。

(そう言えば、清川さん、この前「シャイン札をコピーして使ちゃおうかしら」って怒って言っていたな……。まさか……!)

美味は心の中にもうひとつ小さなシミが現れた。ふたつのシミは、徐々に黒い穴、ブラックホールになっていってしまいそうな嫌な予感がしたのであった。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第5章 偽札事件(3)」、いかがでしたでしょうか?

なかなか大変なまいたけ課での一時社員の毎日。とはいえこれも仕事、頑張るよ〜、と明るくこなしてきた美味を、初めて「ブラックホール」らしい黒い予感が襲う! どうなる、美味。どうなる、まいたけ課。どす黒いブラックホールのタネに対抗できそうな頼みの綱は、緑の大天使・志藤課長だけか。いやいや我らにはマロンちゃんだっています。ブラックホール、退散! 待て、次号!!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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