甘辛天丼まいたけ課 第5章 偽札事件(4)

偽札事件があった翌日、短期アルバイトとしてマロンがししとう課に配属された。ししとう課は志藤課長しか社員がいないため人件費が常に余っている状態だ。なので必要であれば即日にでもアルバイトを雇うことができる。さらに、マロンは合同四課から発売される特製ディップの開発者であったため採用は順調だった。

「マロンですワン。よろしくワン」

美味《びみ》はマロンを連れて、いつもよりも早めに出社してきている。偽札事件のことを知っているのは、美味と志藤課長と舞田課長の3人だけであるため、秘密裏に事件を解決しなければならないのだ。

「あなたがマロンさんね。私はししとう課の課長の志藤獅子絵《しとう・ししえ》です。よろしくお願いします」

「ワン!」

志藤課長はマロンに頭を下げると丁寧な挨拶とともに名刺を差し出した。マロンは、志藤課長を一目見て直感で気に入ったらしい。ブンブンと尻尾を振り続けている。万能犬マロンの唯一の欠点、それは、尻尾の振り具合により好き嫌いの感情が周囲に分かってしまうことなのである。

「では、マロンさん。早速ですが業務内容をお伝えします。作業場所は、このししとう課の居室内です。ここで、このシュレッダーで裁断された紙片を元に戻す作業をお願いします。カーテンの向こう側のまいたけ課の皆さんは、今日は私が出社する予定だということをそれとなく伝えてあるので、多少ならば音を立てても大丈夫。でも、何をしているかはバレないように注意してくださいね」

マロンには、事前にどういう経緯で紙片を元に戻すことになったのかは美味が知らせてある。

「分かったワン。パズルは得意なので、まかせてワン」

マロンはさらに高速に尻尾を振った。得意のパズルで収入を得ることができるとあって気合いが入っているようである。

「頼もしいわ」

微笑む志藤課長の顔をマロンは勢い余ってペロリと舐めてしまった。

「あらあら」

志藤課長の頬がうっすらとピンク色に染まった。

ししとう課でマロンが細断された紙片の復元作業をしている間も、まいたけ課は通常業務である。マロンをししとう課に残し、美味はまいたけ課の自分の席に着いた。カーテンの向こうにマロンがいると思うと不思議な気分になる。しばらくして、舞田課長が出社してきた。

「天堂くん、えぇと、あの件はどーなっているのかなぁ……?」

チラチラと舞茸柄のカーテンの方を見ている。

「はい、予定通りカーテンの向こうで作業中ですよ」

「うんうん、結構結構」

舞田課長は、安心したように特大ドーナツを取り出した。今日は3個である。心労のために食欲が増してしまっているのだろうか。舞田課長が3個目のドーナツを口にする頃、まいたけ課のドアが開いた。

「おはようございます。あれ? 舞田課長、今日は何で早いんですか?」

出社してきたのはきの子である。いつも遅いはずの舞田課長がすでに出社しているのを不審に感じている様子だ。

「いやその、あれほら、にせさ……いや、このドーナツが……」

「は? ま、いいですけど。あ! ところで今日から真音《まね》さんはバースデー休暇ですよね!?」

すっかり忘れていたが、真音はバースデー休暇で今日から1週間休みになる予定である。ということは、現在、この居室内で偽札事件を知らない人物はきの子だけだ。きの子であれば、事件のことを話してしまってもいいのではないか――と美味は思ったが、ふと昨日のことが頭に浮かんだ。

(きの子さん、引き出しを開けて、紙をガサガサさせて、「ボーナスの代わり」って言ってたよな……)

入社以来、仲良くしてもらっているきの子がまさか偽札なんて作るはずはない。しかし、昨日のきの子の独り言が妙に心に引っかかる。きの子の机の引き出しを開ければすぐに分かるはずだが、さすがに勝手に開けることはできない。

モヤモヤとした気分のまま仕事をしているうちに、昼休憩開始のベルが鳴った。

「お昼だ、お昼だ!」

ベルと同時に舞田課長は社員食堂へ急いで行ってしまった。美味はいつもマロンが作ってくれるお弁当を食べている。きの子は、社員食堂を利用したり、お弁当を持参したり、日によって変えている。きの子はバッグの中からベーグルの包みを取り出した。今日はお弁当のようである。

「今日は真音ちゃんがいないから、気分いいよねー」

「そうだね、何だか気が緩むよ」

美味もお弁当箱をバッグから取り出し、蓋を開けた。すると、

「今日の天堂さんのお弁当に若舞茸と黒エリンギのバター炒め入っているでしょ?」

ときの子がすかさず言った。そう、きの子はキノコの匂いを嗅ぎ分けることできるという特殊な能力があるのだ。

「さっすが、きの子さん!」

「へへぇ」

照れるきの子の顔はいつもの通りだ。偽札を作る悪者のようには見えない。

「美味しいよね、若舞茸と黒エリンギの組み合わせ。マロンちゃん、料理上手だから、さらに美味しくなっていそうだね。でもね、天堂さん知ってる? 志藤課長って黒エリンギが苦手なんだよ」

「へー、志藤課長にも苦手なものがあるっていうのが驚き」

そんな他愛もない話をしながら美味ときの子はお弁当を食べていたのだが、しばらくして、きの子が急に食べるのを止めた。舞茸柄のカーテンの方をじっと見つめている。

「……」

「どうしたの、きの子さん?」

きの子は不思議そうな顔を美味に向けた。

「ししとう課の方からも、同じ匂いがする……」

「え?」

「天堂さんと同じお弁当のおかずの匂い、若舞茸と黒エリンギのバター炒めの匂いがするんだよ! 黒エリンギが嫌いな志藤課長が食べるはずがないのに……! しかも、志藤課長はいつも社食を利用しているし……」

そう言うときの子は声をひそめた。

「天堂さん、ししとう課に誰か知らない人がいるんじゃないかな?」

「え……あ、ううん、気のせいじゃない?」

「ううん、絶対に気のせいじゃない。私がキノコの匂いを間違えるはずはない」

小声で話すきの子だが、聴覚が優れている犬のマロンには当然聞こえているはずだ。

「うーん、志藤課長が急に黒エリンギ好きになったとか……じゃないかな?」

焦って適当なことを言ってみたものの、本当はマロンも美味と同じ弁当を持参していたのである。きの子のキノコに対する天才的に敏感な嗅覚のことをすっかり忘れていた美味とマロンの失態である。そんな事情を知らないきの子は、ししとう課の闖入者に対する怒りが高まっていく一方だ。

「もしかして、黒エリンギ好きの変質者が志藤課長を狙っているのかも……!」

「きの子さんの思い違いだよ、きっと……」

「志藤課長の人を惹きつける魅力は私がよく知っている。志藤課長が変なヤツに目をつけられていたら……!」

きの子は赤い毒キノコカットを震わせながら、静かに立ち上がると、一番大きな舞茸収穫用の籠を掴んだ。武器にするつもりらしい。

「大丈夫だよ! きの子さん、やめて!」

「いや、助けなきゃ!」

美味の制止をふりほどき、きの子はノシノシと舞茸柄のカーテンに近づいていく。そして、カーテンを思い切り開いた。

「ワン!」

「えっ!?」

そこにいたのは、もちろん黒エリンギ好きの変質者ではない。マロンである。お弁当を広げて、こちらに向かい手を振っている。

「あなたがきの子さんワン? 美味ちゃんがいつもお世話になっているワン!」

「喋る犬……って万能犬? どゆこと……!?」

きの子の目の前には、細断された紙片から再現した紙がいくつもの山になって積み重ねられている。きの子の視線は、マロンと紙の山と交互に動いている。

「どゆこと……? 天堂さん!?」

ゆっくりと美味の方を振り返るきの子に、もはや秘密にすることはできない状況となってしまった。

社員食堂から戻った志藤課長と舞田課長も加わり、きの子への説明がされた。

「え!? シャイン札《さつ》の偽札!?」

「そうそう、本当に参るよ」

舞田課長は、食後のドーナツを口に入れながらため息をついている。

「まぁ、舞田くんが会社の規定通りマルコンのパスワード設定をしていればこんな問題にならなかったんだけどね」

志藤課長の言葉を舞田課長は聞こえないふりをして話しを続けた。

「最少人数の秘密にしたかったので、ししとう課に移動して、マロンくんの短期アルバイトのことを決めたりしてたんだよ」

昨日の詳しい状況を聞いているうちにきの子の顔つきが変わってきた。

「じゃあ、昨日、私が舞茸ラボから戻ってきて誰もいないと思っていた時、天堂さんたち3人がししとう課にいたということ……。私の独り言が聞こえていた……」

きの子の顔はすっかり青ざめている。

「……大丈夫、きの子さん?」

美味の言葉に、きの子は下を向いたままだ。

「ご、ごめんなさいっ!」

きの子は、急に頭を深く下げた。

「え……どういうこと?」

「ま、まさか、きの子くんが偽札事件の犯人か……!?」

動揺するきの子に美味たちの声は聞こえてないようだ。きの子は、自分の机の引き出しをいきなり開けた。取り出したのは紙の束だ! そして、その束は、シャイン札くらいの大きさである……!

「そ、それは……!」

泣き出しそうな顔のきの子がその紙の束の表側を皆の方に向けた。

「きの子くん……!」

「あら、やだ!」

「そ、それは……お野菜スティック無料引換券!」

その紙の束は天丼部のドンブリゲートそばのマガジンラックに置いてあった「カリカリ直感・4色お野菜スティック」の無料引換券であった。20枚くらいはあるだろうか。

「一人一枚って書いてあったんですが、私……ボーナスも出ないし、なんだか悔しくなって、こんなにもらってしまったんです。魔が刺して悪いことをしてしまいました。ごめんなさいっ!」

涙ぐむきの子は、再度、深々と頭を下げた。

「あはははは! なーんだ、そんなことかきの子くん」

「ふふ、驚かさないで、きの子さん。早く頭を上げて!」

「一人一枚なんて、そんなの誰も守ってないよ! この前、真音さんなんて30枚くらい持ってきてたよ!」

舞田課長も志藤課長も美味も思わず笑ってしまっている。

「へ?」

その意外な反応に、頭を上げたきの子は拍子抜けした表情だった。

* * *

きの子が偽札事件犯人ではないかという濡れ衣も晴れ、マロンがアルバイトに来ていることも秘密でなくなったため、今日は舞茸柄カーテンを開いたままにしておくことになった。マロンの紙片の復元作業は、神業とも言えるほどで、次々と復元された紙が山が増えていく。

美味がシャイン札のデザインをしていると知っている人物は、残るは清川、真音、如呂田、および、課長や部長などの役職者である。犯人候補からきの子が除外された今、美味が一番怪しいと思っているのは清川だ。ブラックホールや海老沢部長に対する憎しみだけでなく、以前の発言、「シャイン札をコピーして使ちゃおうかしら」が気に掛かっているのだ。しかし、この疑念を美味は志藤課長や皆には言い出せなかった。清川は確かに愚痴女王だ。しかし、その愚痴は根がごく浅いもののように感じられるのだ。とは言え、怒っていることは確かである。軽い気持ちで偽札を作ってしまった可能性も捨てきれない……美味は心の中が曇天のまま仕事をしていると、

「全部できたワン!」

とマロンの声が居室に響き渡った。

「1日で作業終了とは、早いわね、マロンさん!」

「さすが、マロン!」

居室にいるのは美味とマロンと志藤課長の三人だ。舞田課長は会議、きの子は別室の舞茸ラボに行っている。

「で、結果はどうでした?」

マロンのそばに志藤課長と美味が集まってきた。

「こっちが偽札事件に関係ある紙だワン」

ほとんどの復元された紙は偽札事件とは無関係なものである。しかし、事件に関わる紙もあったのである。

「これが、美味ちゃんが見つけたシャイン札を再現したものだワン」

シュレッダー室で見つけたシャイン札の半分の残りの裁断された部分が復元されていた。やはり、どう見ても美味が作ったシャイン札に間違いない。

「それと……これが問題だワン」

マロンが数枚の紙を美味と志藤課長の前に並べた。

「これは……!?」

それは、シャイン札に似ているが違うデザインの札であった。さらに、そのデザインは何パターンかある。もちろんどれも美味が作ったものではなく、あまり良い出来とは言えない。素人のデザインである。

「おかしいわね……シャイン札を偽造するのならば、違うデザインのものなど必要ないはずなのに」

志藤課長は、腕を組んで険しい表情になっている。

「どういう意図なのか全く分からないですね」

美味も混乱してきてしまっている。マロンが、ちょっと声を小さくして言った。

「実は、これらの偽札と重なって裁断されていた紙があったワン 犯人が一緒に裁断したものだワン」

マロンがそっと復元された一枚の紙を差し出した。ピンク色の紙である。

「こ、これは……!?」

美味は、一目で見てはいけないものだと分かった。しかし、好奇心が勝ってしまう。その文章を読んでしまった。隣では、手を口に当てながら志藤課長も文面を読んでいるようだ。しばらくして、志藤課長が口を開いた。

「これで犯人が分かったわね」

「ワン」

「確定でしょう」

志藤課長とマロンと美味は顔を見合わせた。全員、安心したような、だけれども困ったような表情である。ツギハギだらけのピンク色の紙が、さらなる秘密を作り出してしまったのである。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第5章 偽札事件(4)」、いかがでしたでしょうか?

マロンちゃん、大活躍の巻! 一目で志藤課長を気に入る直感力、1日で偽シャイン札復元のパズル力。さすがです。黒エリンギの匂いをカーテン越しに嗅ぎ分けるきの子さんのきのこ鼻力もなかなかのもの。そんなみんなが力を合わせて、偽札事件も解決の兆し!? 少なくとも、黒〜い疑惑はどこかへ行き、困惑の事実が姿を現したもようです。困惑の事実、それはピンクの紙。って何それ!? モヤモヤヤキモキしながら、待て、次号!!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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