甘辛天丼まいたけ課 第5章 偽札事件(5)

短期アルバイトの主業務であるシュレッダーで裁断された紙片の復元はマロンの活躍で1日で終わってしまった。しかし、志藤課長の補佐として別の業務をお願いされたので、マロンは当初の予定通りの日数の勤務となっている。そのため、ここ数日の昼休憩はまいたけ課で美味《びみ》、きの子、マロンの三人で一緒に弁当を食べているのだ。今日も昼休憩になり、マロンが弁当を持ってまいたけ課にやってきている。

「偽札事件の犯人が分かってホッとしたよね」

きの子は黒エリンギのサンドイッチを口にした。偽札事件の犯人が判明し、その名前を舞田課長ときの子にも伝えてある。しかし、復元されたピンク色の紙のことは志藤課長、美味、マロンの三人だけの秘密にしている。舞田課長ときの子には、「一緒に裁断されていたメモの内容と筆跡から犯人が分かった」とだけ伝えてあるのだ。

「でも、なんで偽札なんて作ったのかなぁ。動機が謎のままだよね」

犯人が分かっても、その後の進展はない。さらに、志藤課長も舞田課長もさして焦っている様子がないし、同様に、美味もきの子もマロンもゆったりと構えている。

「うん、仕方ないよ。もうちょっと待たないとね」

「きっと志藤課長がうまくやってくれるワン」

横で美味と同じ弁当を食べているマロンが言った。

「うん、そうだね」

座りながら尻尾を振っているマロンを見て、美味はふと思い出した。マロンは舞田課長と会っても尻尾を全く振っていなかった。それならまだしも、昨日の帰りに海老沢部長を見かけた時は、マロンの尻尾がだらりと垂れてしまっていたのだ。逆に、清川の後ろ姿を見たマロンの尻尾は、意外にも軽く振っていて、嫌いではなさそうな様子だった。

(真音《まね》さんとと会ったら、マロンの尻尾はどうなるんだろう)

しかし、マロンのアルバイトは今日までだ。バースデー休暇を終えて明日から出社の真音とは会うことはなさそうである。

「あーあ、マロンちゃん、今日でアルバイト最後かぁ。さみしいなぁ」

ため息をつくきの子の顔を見て、マロンが尻尾をブンブンと激しく振った。

「きの子ちゃん、今度ウチに遊びに来てワン!」

「そうだよ、きの子さん、遊びに来て!」

その言葉にきの子は途端に笑顔になった。

「うん! 行く!」

こうして新たな友人を増やしたマロンは、無事、短期アルバイトを終了した。

* * *

翌日である。マロンと入れ違いに出社してきたのは真音である。バースデー休暇が終了したのだ。

「皆さん、お久しぶりぃ~」

相変わらずの明るさ1000ボルトのテンションの高さである。服装は休暇前と変わらず、志藤課長にそっくりな全身緑色のままだ。今回の真音の真似も随分と長く続いている。もはや、緑色のスーツは、志藤課長のトレードマークではなく、真音のトレードマークになりつつあるくらいである。

「真音さん、バースデー休暇どうでしたか?」

美味が話しかけてみると、真音は待ってましたとばかりに話し始めた。

「楽しかったわぁ~。ヨーロップの国々を巡ってきたのよぉ~」

「お、真音ちゃん、海外旅行かい?」

「はいぃ、お土産もありますぅ」

真音は、持参した紙袋からゴソゴソと土産物を取り出している。

「これ、どうぞぅ」

まいたけ課の皆に配ったのは、ヨーロップの景勝地が印刷されたマグネットである。

「……ありがとうございます」

美味もきの子も渡された「欲しくない観光地土産トップ10」に見事ランクインしているマグネットを苦笑いとともに見つめているが、舞田課長だけが「わぁ、素敵じゃない!」と喜んでいる。真音は紙袋の中にまた手を突っ込んだ。

「これもお土産ですぅ。どうぞぅ~」

さらに取り出したのは、ヨーロップの紙幣だ。いや、違う。それには厚みがある。紙幣に似せた紙で包んだチョコレートだった。

「お札チョコだ! 美味しそう!」

舞田課長は早速チョコレートの包みを開けている。

「さらに、オマケですぅ~」

今度は、真音は自分の机の引き出しを開けた。そこから、紙を取り出すと、一枚ずつ皆に配った。

「……こ、これは!」

「うふふ。内緒にしていたんだけど、私もこんなの作っちゃったのぉ」

それは、シャイン札であった。いや、正確にはそうではない。美味のデザインした正規のシャイン札ではなく、マロンが復元したデザイン違いのシャイン札と同じものだ。出来の悪いデザインの方である。

「色々デザインしてみて、ようやく納得できる仕上がりになりましたぁ~。今度、如呂田《にょろだ》さんに見せてみようかなぁと思ってぇ~」

「……」

「……」

「……」

悪びれもせず犯行を自白している真音に皆、言葉を失っている。

「あ、悪いけど天堂さんのマルコンを使わせてもらったわよぉ~。私が作ったデータはちゃんと全部消去したし問題ないわよねぇ~」

問題ない訳がないだろう。美味は思わず椅子から立ち上がった。

「真音さん……私が作った本当のシャイン札をプリントしましたよね?」

「あはは、見本にするためプリントさせてもらったけど、ちゃんとシュレッダーにかけたわよぉ。それに、私の素敵なデザインが出来上がるまでは、みんなに内緒にしていたかったのよねぇ~」

どうやら、いつものように真似をしただけで、偽札を作ろうとは思っていなかったようには思える。しかし……美味だけでなく、舞田課長もきの子も眉間にシワを寄せ、怒りを露わにしている。

(あれだけ、偽札事件でみんな大変な思いをしたのに……!)

「真音さん……!」

美味の怒りが爆発しそうな時、舞茸柄のカーテンがガラリと勢いよく開いた。

「真音さん、あなたがしたことは、偽造で犯罪よ」

そう言いながら現れたのは志藤課長だ。静かな怒りをたたえた志藤課長は、いつもの3倍くらい大きく見える。緑色の巨人が仁王立ちしているとしか思えない迫力だ。

「……えっ!?」

真音は、その志藤課長の言葉を聞き体を大きく震わせた。そして、自分に向けられた舞田課長、美味、きの子の冷たい視線に初めて気づいたようだ。

「真音さん、あなたがバースデー休暇の間、偽札が作られていると分かった私たちはとても大変な思いをしました。社内のイベントで使用されるものとはいえ、他人のマルコンを無断で操作し、さらに勝手に紙幣をプリントしたりすることはルール違反です」

穏やかに話してはいるが、お腹の底から響いてくるような低音の言葉に、真音はすでに泣き出す寸前である。

「私、そんなつもりじゃ……ただ如呂田さんに……」

「言い訳はしない。真音さん、自分のしたことを反省しているのかしら?」

真音は素直にうなずいた。

「そうであれば、謝りなさい。みんなに」

「ごめんなさい……」

真音の瞳から涙がポロポロと流れ落ちる。人前で恥ずかしげもなく涙を流す大人を美味は初めて見た。そんな真音の様子を目の当たりにしたことで、美味の怒りの気持ちはすっかり失せている。それならまだしも、逆に自分がいじめてしまったかのような心境にすらなっていた。どうやら舞田課長ときの子も同じような気持ちらしく気まずい表情をしている。

「真音さん……」

後ろに手を組んだ志藤課長がまいたけ課の居室に足を踏み入れた。ゆっくりと真音の方へと進んでいく。泣きじゃくる真音は近づく志藤課長に明らかに怯えている様子だ。目の前に来た志藤課長を泣きながらも上目遣いで見つめている真音の方へ、ふいに志藤課長は後ろに組んでいた手を出した。その時、真音は、「ひぃ」という小さな悲鳴とともに大きく肩を上げて目をつむった。すぐに志藤課長が口を開いた。

「真音さん、お誕生日おめでとう!」

「え!?」

目を開いた真音の前には笑顔の志藤課長がいる。

「これは私からの誕生日プレゼントよ」

プレゼントの包みを持ち、真音に差し出していた。

「え……あ……ありがとうございます!」

動揺しながらもプレゼントを受け取った真音の涙が止まっている。

「いいから、開けてみなさい」

「はい!」

そのプレゼントの包みの中に入っていたのは、明るいオレンジ色のふんわりとしたリボンネクタイだ。

「わぁ、素敵! 志藤課長、ありがとうございます!」

数分前まで泣きじゃくっていたのが嘘のような輝かしい太陽のような笑顔である。

「真音さんは緑色よりもオレンジ色が似合うはずよ。このリボンネクタイに似合う服装、おしゃれな真音さんだったらうまくコーディネートできるわよね?」

「もちろんです!」

さすがに志藤課長も自分のトレードマークの緑色のスーツの真似をされ続けて嫌悪感が芽生えてきていたのだろうか。そうでないとしても、志藤課長は、うまく真音が自分だけのオリジナルのコーディネートをするように仕向けたことになる。さすがの志藤課長である。

「あら、肝心なことを言い忘れていたわ」

和やかな雰囲気になったまいたけ課からししとう課の居室へと戻った志藤課長が言った。

「舞田くん、マルコンのパスワード管理の件、必ず今日中に対応しなければ私から海老沢部長に報告しますから。そのつもりで」

「……えっ、あ、うん……もちろん、すぐにパスワード設定するよ!」

汗を吹き出し始めた舞田課長を見つめながら、志藤課長は静かに舞茸柄のカーテンを閉めた。

* * *

その日の帰り、美味がドンブリゲートを出たところで、

「天堂さん」

と後ろから声をかけられた。振り返えるとそこにいたのは清川だ。一緒にエレベーターに乗り込んだ清川は、早速、

「聞いてくださいよ! またあのKusoGG《くそじじぃ》が……」

と愚痴をスタートしている。愚痴女王の愚痴は止まることなく、新東京阪駅に着くまでグチグチと続いたが、美味はいつもより真剣にじっくりと聞いてあげた。偽札事件で清川のことを疑ってしまった、そのお詫びの気持ちからだ。駅のホームに着き、清川の乗る方角の浮遊列車がやってきた。別れる時、ずっと険しい表情だった清川が和らいだ顔つきで美味を見ている。

「実はね……天堂さんくらいしか、私の話を聞いてくれないのよ。天堂さん、いつもありがとう」

清川は端正な顔で静かに笑いながら「じゃあ、また明日。お疲れ様でした!」と言って浮遊列車に乗って行ってしまった。

(ありがとうって……私、清川さんのこと疑っていたのに……ごめん)

苦い気持ちで清川を乗せた浮遊列車を目で追っていた美味は、反対側のホームの端の方にいる背が高く細い人物と背が低く丸い人物、その二人に視線をとめた。そこにいたのは、如呂田と芋課の大芋《おおいも》である。何を話しているかは分からないが、視力の良い美味には二人の表情がよく分かる。そして、お互いを見つめる視線にとても温かいものがあることも……分かってしまった。

(あの二人って……!)

急いで帰宅した美味は、マロンに今日あったこと、先ほど見た二人のことをすぐに話した。真剣に聞いていたマロンは、美味の話を聞き終わると戸棚から一枚の紙を出してきた。

「美味ちゃん、事件も解決したし、これはもう燃やした方がいいワン」

それは例の復元されたピンク色の紙である。念の為にとマロンが保管していたのだ。もう二度と復元されないよう抹消した方がいい、それは美味も同意見である。

「燃やすワン」

「うん」

つぎはぎだらけのピンクの紙――真音が書いた如呂田への恋文の下書きがキッチンで燃やされていく。志藤課長がこのことを口外することは絶対にないだろう。美味とマロンも、ずっと秘密にしなければならない。

(このことは菊代にも話せないな)

そう思いながら見ていると、すぐにピンクの紙は黒い灰と化した。その灰に上から水をかけると、マロンがくるりと美味の方を向いた。

「美味ちゃん! お疲れ様だったワン!」

そして美味の頬をペロリと舐めた。

「うん! マロンもお疲れ様! 早くご飯食べようよ、お腹すいたよー」

偽札事件は一件落着。一時だけ過ごす会社のことなど、これ以上考えてもどうしようもない。それよりも今日も食後は少しでもいいからライスワークを進めなければ。美味は丸メガネを外した。

(第5章 偽札事件 おわり)

※次回は「第6章 レッツ・シャイン祭」です。お楽しみに!

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第5章 偽札事件(5)」、いかがでしたでしょうか?

まいたけ課のみんな(除く・真音さん)とマロンちゃん、そして頼りになるこの人・志藤課長のおかげで、偽札事件、見事一見落着〜! いくつかの秘密を抱えてしまった美味、これで安心してライスワークこと現代米美術制作に励める……のか? いやいや、もうすぐ社員熱狂のシャイン祭が待ち受けているからには、何かが起こる予感。未来の奇祭を妄想しながら、待て、次号!!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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