甘辛天丼まいたけ課 第6章 レッツ・シャイン祭(1)

よく晴れた週末である。美味《びみ》の家に菊代とクリームが遊びに来ている。菊代のお腹は少しふっくらとし始めてはいるようだが、いつもの大きめの黄色いツナギを着ているため、まだ目立ってはいない。

「菊代ちゃんの赤ちゃん、楽しみだワン」

菊代の隣の席に座ったクリームが小さな尻尾を振っている。

「今、ここにいるのは4人ではなく5人ということだワン」

マロンがランチの準備をしながら言った。

「なんだか、菊代の顔がお母さんぽくなってきているみたい」

美味にそう言われた菊代は照れたようにアフロヘアーを手で掻いている。

「そうだねぇ。何だか自分が自分じゃないような変な感じがするよ」

「ふふ、色々と変わっていくものなのね」

マロンの手伝いをしながら微笑む美味に、

「美味の顔も変わったよ」

と菊代がすかさず言った。

「ワン」

「ワン」

マロンもクリームも同意している。

「え? どこが? 太っちゃったかな!?」

最近はマロンの料理の腕がさらにあがったこともあり、美味は美味しいものを毎日たらふく食べてしまっている。

「あはは、違うよ! なんていうかなぁ……」

「キリッとした感じがするワン」

「それに、背筋もピンとしているワン!」

マロンとクリームが菊代の代弁をした。

「そうそう、マロンとクリームの言う通り。いい感じだよ、美味」

平日の一時《いっとき》社員の仕事を終えて帰宅した後、少しの時間でもライスワークをするように心がけているため「いい感じ」になったのだろうか。

「うん、ありがと」

菊代の出産祝いでライスワーク、いわゆる現代米美術《げんだいこめびじゅつ》の作品をプレゼントすることになっている。そのことがライスワーク再開の動機となったのは間違いない。しかし、美味も菊代も出産祝いについては、あれ以来話していない。菊代が元気に出産する、そして、それまで美味がコツコツとライスワークに励む――これが、二人の暗黙の目標となっているのである。

「さ、食べようワン!」

美味、菊代、マロン、クリームの目の前には、マロンが作ったランチ、マロン風味のライスクリームシチューが温かい湯気を上げて並べられている。

「わおっ! 美味しそう!」

「ワンだふるワン!」

「いただきます!」

「いただきますワン!」

皆、スプーンを握った。

* * *

偽札事件が解決した日の翌日から真音《まね》は緑色のスーツをやめていた。志藤課長の「このリボンネクタイに似合う服装、おしゃれな真音さんだったらうまくコーディネートできるわよね?」の発言に真音が発奮したためだ。元から、センスの良いものを取り入れる才能に長けていることもあり、今までの真似の蓄積の数々から自分にあったコーディネートを部分的に取り入れてまとめ、仕上げたのである。シャイン札の新規デザインは惨憺たるものであったが、今回の服装に関しては、なかなか良い新規コーディネートになっている。

「真音ちゃん、今までで一番似合うね!」

舞田課長は心から言っているようである。

「すごく可愛いです、真音さん!」

「志藤課長の言う通り、オレンジ色って真音さんカラーですねぇ」

美味もきの子も素直に誉めている。

「そぉかしらぁ~」

真音は満更でもない。というよりも、鼻高々である。だが、残念なことに、このコーディネートも志藤課長の「オレンジのリボンネクタイに似合う服」というお題があったがために出来たものである。まだまだ真音の真似は油断ができない。しかし、しばらくの間は、真似されてきた美味もきの子も鳩も皆、平穏な気持ちで過ごせそうではある。

「さてと、真音ちゃんのバースデー休暇も終わったし、色々と解決したから、そろそろ本気でシャイン祭の準備をしないと」

「早めに準備をすると言いながら、どうやらすでに遅れをとっているようですよ」

シャイン祭実行委員の如呂田《にょろだ》から各部各課のシャイン祭の進行状況をそれとなく美味は聞いていた。天丼部では、ほとんどの課が参加企画を提出しており、未提出なのはししとう課とまいたけ課だけらしい。

「僕はさぁ、『続・まいたけ姫』の上演をしたらどうかと思うんだよねぇ」

舞田課長の口調はさりげなかったが、どこかその言葉には力が入っている。昨年は「まいたけ姫」を上演し、舞田課長がまいたけ姫の役で大反響(きの子によれば「大爆笑」)だったそうである。今年もまたヒロイン役を切望しているのであろう。

「でも、そうすると、しいたけ王子役を探さないといけませんね」

美味の言葉に、舞田課長が不思議そうな顔をしている。

「何言ってるの? しいたけ王子なら、海老沢部長で決まりでしょ?」

昨年、しいたけ王子役を海老沢部長が引き受けてくれたので、今年もそうだと思うのは至極当然ではある。しかし、そうもいかない事情があった。

「シャイン札の打ち合わせの時に如呂田さんから聞いたのですが、今年の海老課は『大海老王子』を上演するそうです。海老沢部長は、主役の大海老王子の役をするらしく、それに専念したいからという理由で、他の課からの応援依頼は全て断っているそうですよ」

「えっ! 本当にっ!」

舞田課長は初耳だったらしい。手に持っていた大事な特大ドーナツを落とすほどの衝撃を受けている。逆に真音の笑顔は輝きが増している。

「じゃあ~、しいたけ王子は如呂田さんにお願いしたらどうでしょうかぁ。その場合、まいたけ姫の役は私がやりますぅ」

「……あ、はぁ、それは……」

ピンク色の恋文の件を知っている美味は、嬉々としている真音をやりきれない気持ちで見ながら言い淀んだ。しかし、何も知らないきの子は、

「如呂田さんはシャイン祭実行委員で超多忙だから、まず無理なんじゃないですか」

と断言した。確かに。誰にでも分かる正論である。

「えぇ~、聞くだけ聞いてみたらどうかしらぁ~」

真音はプンとして口を尖らせている。

「うーん、海老沢部長が無理であれば、今年は別の企画でいいかもなぁ~」

浮かない顔の舞田課長は、すでにやる気ゼロのようだ。

「それに芝居での参加だとしたら、もう練習している時間はありませんよ。今回は違うもので参加することに私も賛成です」

きの子が何か思いついたらしい。

「『カフェ・まいたけ』はどうでしょう? まいたけラボでお菓子の素材にピッタリな舞茸を育成しているんです」

「いいですね!」

カフェであれば時間的にも間に合いそうだ。美味は賛成だが、真音は膨れた顔のままである。その真音に向かいきの子は、

「本物のカフェっぽくしたいので、真音さんは、その抜群のセンスとコーディネート力、アレンジ力を活かして、カフェのコスチュームや店内装飾の担当をしてもらうのはどうでしょうか。きっと本当のおしゃれカフェみたいにとっても素敵になります」

と提案した。散りばめられた褒め言葉に真音はすでに口元を緩めている。

「いいわね、きの子さん。おしゃれな私は、おしゃれなカフェに詳しいのよ。任せて!」

きの子の褒めまくり作戦にまんまと乗せられた真音は賛成に変わった。残るは舞田課長だけである。不敵な笑みを一瞬浮かべたきの子の赤い毒キノコカットが鈍く輝いた。

「舞田課長、カフェのメニューには、舞茸クッキーとか、舞茸ケーキとか、舞茸ドーナツとかどうでしょう。美食家の舞田課長には試食担当が良いと思うのですが?」

「え! ドーナツ!?」

舞田課長は身を乗り出してきた。

「試食だったら、任せて!」

こうして、まいたけ課全員賛成となり、きの子提案の「カフェ・まいたけ」がシャイン祭の企画となった。

* * *

数日後のことである。リモートホームワーク中の志藤課長から、美味のマルコンに連絡がきた。再度、マロンを短期アルバイトとして、ししとう課に雇いたいという依頼である。シャイン祭の企画の準備と、当日の補佐役としての業務らしい。マロンの能力を評価しての依頼である。帰宅した美味はマロンに聞いてみた。

「マロン、どうする?」

返事を聞くまでもない。話している途中からすでに尻尾がブンブンと振られている。

「OKだワン!」

即答である。しかも、今回は秘密の業務でないので、堂々と出社できるし、リモートホームワークでも構わないという。なので、今までの生活リズムが大幅に変わるということもなさそうである。

「分かった。明日、志藤課長に返事しておくね!」

「ワン!」

「でも、ししとう課のシャイン祭の企画ってなんだろうね」

まいたけ課は企画を提出したが、ししとう課はまだらしい。

「きっと『ししとう姫』だワン!」

「あはは、まさか!」

まさか……とは思うが、美味はマロンが勘が鋭いことをふと思い出した。

翌日、美味は、出社しているししとう課の志藤課長の元へマロンの短期アルバイト受諾の報告をしに行った。ついでに、

「ししとう課の企画って何ですか?」

と聞いてみた。すると志藤課長は「ふふふ」と笑い、

「当日までの秘密よ」

と言ったっきりで教えてくれない。きっと、この分だとマロンも教えてくれないだろう。

「うーん、気になりますねぇ。まぁ、当日は楽しみにしてます」

「そうね、楽しみにしていてちょうだい」

志藤課長と話を終えた美味は、まいたけ課に戻る前にトイレへと向かった。すると、トイレそばの倉庫の中に人の気配を感じる。ここにいるのは、多分、あの人……と思っていたら、その通り。清川だった。プチマルコンで何かを見ている。視線を感じた清川が美味の方に顔を向けた。

「あ、天堂さん! ちょっとお話ししたいことが」

清川はこちらに来るようにと手を動かしている。美味が近づいていくと、すぐに清川は話し始めた。

「天堂さん、私、退職することになりました」

困ったような怒ったような、それでいて冷めたような……複雑な表情である。

「え!? そうなんですか! 驚きです。転職先、決まったんですね」

「違います」

「え!?」

「自分から辞めるわけじゃないんです。解雇ですよ、クビです」

美味は目を見開いた。予想していなかった展開だ。

「入社してそれほど経っていないのに……なんでですか!?」

小さくため息をついてから清川は話し始めた。

「どうやら、海老沢部長が、上司にあたる統括部長から『一介の部長ごときに12人も秘書は不要』と言われたらしいんです。なので、12人から11人にすることに決定してしまい、第十二秘書の私が解雇になったんです」

清川は、話しながら怒りが込み上げてきてしまったらしい。険しい顔つきである。ずっと辞めたがってはいたが、「辞める」と「辞めさせられる」とは意味が正反対になることを美味もよく知っている。その気持ちを知らないのは――おそらく永久に知ることがないのは海老沢部長、なのであろう。

「そうなんですか……」

どう慰めたらいいか分からず暗い気持ちになった美味を見て、清川は妙に明るい声を出した。

「あーあ、やんなっちゃう。ふふ……悔しいし、指が臭くなるバリバリ作業なんてもうやりたくないからサボっているんです。シャイン祭が終わってしばらくしたら退職です。そうそう、さっき、『清川さんにはお世話になったから』と志藤課長が自分のシャイン札をくれるって言ってくれました。これで、お気に入りのブランド品が買えます」

「そうなんですか……」

美味は、どう答えていいか分からず同じ言葉を繰り返すしかできない。しかし、話を聞いているうちに清川の怒りは収まったようである。そして、

「仕方ないですよね、『イットキさん』ですもの」

と浅い息を吐くようにつぶやいた。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第6章 レッツ・シャイン祭(1)」、いかがでしたでしょうか?

いよいよ始まるシャイン祭。丸社員、少なくとも海老沢部長と舞田課長は大熱狂の恒例の祭りとは、はやはり相当な奇祭のようす。「大海老王子〜!」と舞田課長の上げる嬌声、漂うまいたけドーナツの香り。うやうやしく大海老王子に付き従う12人の侍女たち、よく見ればうち1人は浮かぬ顔。妄想を高速増幅させつつ、待て、次号!!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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