甘辛天丼まいたけ課 第6章 レッツ・シャイン祭(2)

シャイン祭のパンフレットが出来上がり全社員に配布された。

企画は、ダンスや芝居、物販や喫茶室、研究発表や公開実験など硬軟様々で、まさに「文化祭」ではある。しかし、やはり学生のそれとは違いレベルは高いようだ。さらに、この日だけは、どの階でもシャイン祭に参加している開放された居室やブースであれば自分の所属部署以外でも入室できるという。地下の天丼部だけでなく地上階の部署にも各部のゲートという関門で阻まれることはなく入れるということだ。

「社長室も参加しているんですね」

「あ、本当だ。昨年はなかったのに。『社長ロボ』の展示だって。面白そうだね、天堂さん」

美味《びみ》の言葉にきの子が反応した。すると、オレンジ色のオリジナルコーディネートが板についてきた真音《まね》がすかさず会話に割り込んできた。

「そぉみたいねぇ。だけどぉ、社長室の展示だけは丸社員しか見学できないのよぉ。天堂さんもきの子さんもごめんなさいねぇ~」

やけに輝かしい笑顔である。

「はぁ、そうなんですね」

美味の楽しい気分は一気に興醒めだ。きの子も真音の発言を聞き「またか」といった苦い顔になっている。

「ただいまー」

そこに、舞田課長が会議から戻ってきた。大事そうに何かを抱えている。

「やっとシャイン札をもらったよ! おまたせしたね、僕の部下たち!」

持っていたものはシャイン札である。美味がデザインしたあの紙幣だ。舞田課長は早速、真音、きの子、美味にシャイン札が入った封筒を渡し始めた。

「はい、どうぞ」

それぞれの業績に応じて額が決まり配布されるらしい。美味はその場で開ける気にはならなかったが、思ったより厚みがあるように感じられる。きの子も厚みを確かめ、満更でもなさそうである。真音は不満げに「あら、これだけぇ~」と言い、明らかに美味たちよりも多い札束を取り出してめくっている。

「あ、そうそう。天堂くん、回覧板って持っていってくれたよね?」

自分の封筒を握りしめて席に着いた舞田課長が思い出したように言った。そして、美味の返事を待たずに封筒からシャイン札を取り出した。指を舐めながら、一枚ずつ数え始めている。かなり多いようにも思えるが、役職を考慮するとそれほど多いようにも思えない。美味は舞田課長のシャイン札の枚数が気になりつつも、

「忘れていました! 今から米部米課に届けに行きます」

と回覧板を抱え舞茸が張り付くドアを開けて米部米課へと向かった。

「あぁ、どこの最高級品米かと思ったら、天堂くんではないか。今日も美しいライスヘアーだね」

米部米課の居室に美味が到着した時、ちょうどドアが開いた。中から出てきたのは、面長でお米のような顔で白髪の痩せた白衣を着た男性、米田博士である。

「いつもありがとうございます! 回覧板を持ってきました」

「やぁ、ありがとう。ところで、天堂くん、シャイン祭の準備はどうかね?」

「はい、順調です。米田博士の部署はどうですか? そういえば、パンフレットでは、米部米課とししとう課だけは、『シークレット』となっていましたが?」

どこか誇らしげな様子の米田博士が答えた。

「秘密のものを作っていてね。米好きの天堂くんには絶対に米部米課の企画を見に来て欲しいのだが」

「なんでしょうか。気になります。当日お伺いしますね」

「うん、そうしてくれたまえ。ふふふ……」

米田博士は自信ありげな笑みを浮かべている。

「多分、私の家族、万能犬のマロンと一緒に行くと思います。マロンは今、ししとう課でシャイン祭の短期アルバイトをしているんです。リモートホームワークが多いのですが、たまに出社しているんですよ」

「あぁ、ししとう課に行った時にちらっと見かけたよ。パズル柄のエプロンをした茶色い犬の人だね。私の顔を見て、尻尾を振ってくれたよ。なかなかインテリジェントな雰囲気を醸し出している。是非、今度紹介してくれたまえ」

「ええ! もちろん」

マロンのことを褒められた美味は力を入れて返事をした。うなずく米田博士が、

「私も今度紹介しよう。実は万能……」

と言いかけた時、またもや、

「米田博士!」

という声で美味と米田博士の会話は中断されてしまった。その声を発したのは、居室から飛び出してきた白衣を着た社員だ。胸ポケットには、「小米田《こよねだ》4号」と刺繍がある。

「米田博士、急いでください! コメールD分子が変異し始めました!」

「小米田4号、本当かっ!」

高揚した声をあげた米田博士は小米田4号とともに、美味を置いて居室への中へと走って行ってしまった。

「またか……」

いつも肝心な時に、小米田1号や2号や3号や4号がやってきてしまう。それにしても、小米田は何号までいるのだろうか。

美味が帰ろうかと思った時、米田博士が入っていった居室の向かい側の居室のドアが開き、中から白衣を着た社員が出てきた。胸ポケットには、「小米田5号」の刺繍がある。

(あ、5号もいた)

小米田5号は出てきたドアを半開きのまま急いで去っていった。そのドアの隙間から居室の中が見える。美味は居室の中の稲穂の絵に目を留めた。その絵は、白く大きいものに描かれているようだ。

(あれは何だろう? どこかで見たことがあるような……)

しかし、稲穂が描かれた白く大きいものは一部だけしか見えなかったため、それが何かは分からなかった。

* * *

そして、数日後のことである。いよいよ株式会社ブラックホール最大の社内イベント、シャイン祭開催の日だ。その日だけは、事前登録した家族も入場してよいことになっているので、社内は朝から多くの人でごった返している。美味は短期アルバイトのマロンとともに早めに出勤した。

まいたけ課の企画である「カフェ・まいたけ」は、社内の居室とは思えない現代の流行カフェそのものだ。これは真音の真似技術を逆手にとった成果といえよう。しかし、見た目は既存カフェの真似でも、メニューは独特であった。きの子が丹精込めて栽培した舞茸を菓子やケーキに使用しているのだ。旨味成分と甘味が絶妙にマッチして早くも好評となっている。レシピ作成には、もちろん料理好きのマロンからアドバイスをもらった。

「いらっしゃいませぇ~。こちらで承りまぁ~す」

カフェの可愛いコスチュームに身を包んだ真音の客さばきもうまい。その真音の横では、同じコスチュームを着た舞田課長も接客している。試食係をしているうちに、企画に乗り気になっていったのだ。ついには、自ら、真音と同じコスチュームを着て接客もしたいと言い出したのである。

「舞茸ドーナツがおすすめですよ」

コアでディープなコスプレイヤーと化しているカフェ店員の舞田課長も評判(きの子によれば「爆笑」)を呼び、すでに朝から盛況である。美味もきの子とともに調理担当として忙しくしている。舞茸柄のカーテン一枚で仕切られた隣のししとう課もいつもと違い、人がいる気配がする。

しばらくして、天丼部の目玉企画とされている「大海老王子」の上演が始まったせいか、客が少なくなってきた。

「今のうちに天堂さん、休憩行ってきて」

「うん、分かった」

きの子に言われ、美味はこの休憩時間に他の企画を見に行こうと思い、隣のししとう課へと向かった。

「あ、美味ちゃんだワン!」

入り口の受付に志藤課長とマロンが並んで座っている。

「志藤課長、マロン、お疲れ様です。ところで、ししとう課の企画って……」

あまり広くはない居室の中にあるのは、数台のテーブルと向かい合わせの椅子のみである。客はその椅子に座り、テーブルの上を見つめながら、黙々とテーブル手前の器具を動かしている。

「天堂さん、ししとう課の企画は、『ししとう姫』よ」

「え! ししとう姫!?」

マロンの直感通りである。しかし――どう見ても芝居ではないようだ。

「ししとう姫のゲーム、『ししとう姫ゲーム』だワン」

「え? ゲーム!?」

志藤課長とマロンの説明によると、ししとう姫ゲームとは、パズルをしつつ、謎解きをしつつ、さらわれたししとう姫を敵から助け出すというマルコンゲームだそうだ。謎が解明されるとししとうの爽やかな香りがしたり、間違えるとししとうの辛味成分が口に広がったり……ほかにも仕掛けが色々で、今までにない五感で体感するゲームらしい。短期間で二人で開発したとは思えない完成度だ。

「大昔のテーブルゲームっぽくしたワン」

ししとう課に並べられたテーブルはゲーム機と一体化したものであった。シャイン札を投入するとゲームが出来るという。

「ふふ、このゲーム、実はね、商品化することになりそうなのよ。シャイン祭は、ただの社内お遊び企画というだけではないのよ。実践の場と売り込みの場、と言った方が的確だわね」

「そうだったんですね! 確かに『カフェ・まいたけ』のスイーツは商品化できそうなものだらけです」

志藤課長の言う通り、好評なものは商品化につなげることができそうな気配である。

「でも、昨年の『まいたけ姫』は……」

「あれはあれでいいのよ。舞田くんがすっごく面白かったから――と、天堂さんは今、休憩中なのよね。では、マロンさんも一緒に休憩にいってちょうだい。ここは一人で十分。ゆっくりしてきていいわよ」

確かに、ししとう課の企画はスタッフはいなくても問題なさそうである。

「ありがとうワン!」

マロンは、またもやペロリと志藤課長の頬を舐めてしまった。

「美味ちゃん、ワンは物販見たいワン」

大会議ホールは、有志の物販の出店が集められている。そこには珍しい食材も売っているらしくマロンは楽しみにしていたようだ。

「じゃあ、先に行ってみよう」

市場のようになっている大会議ホールは賑やかであった。マロンの目当ての品々をシャイン札で買いつつ、各ブースを回っていると、

「おぉい! マロンさーん!」

とマロンを呼ぶ声が聞こえる。声の方を見ると、ツレション4《ふぉー》がいた。芋戸《いもと》課長、カボチャール課長、那須川課長、蓮根《はすね》課長の仲良し4人が、有志として芋、カボチャ、茄子、蓮根の直売をしているのだ。

「こんにちワン!」

「いやぁ、特製ディップの件で、マロンさんと話したかったのですよ……」

「会えて良かったであります!」

「どうしたワン?」

ツレション4はマロンに相談したいことがあったようで、マロンと話し込み始めた。手持ち無沙汰の美味が会場を眺めていると少し先のブースにいる清川を見つけた。清川はブランド品を手に取ってじっと考えているようだ。

(清川さん、お気に入りのブランド品を見つけられたみたいだな)

しかし、清川は手に持っていたブランド品を元に戻した。買わないようである。あんなに欲しがっていたのに……と美味が思っていると、数軒手前の店で清川は立ち止まった。じっと見つめるその視線の先は米俵だ。清川はその米俵を指差し、シャイン札を渡した。配達の申し込みもしている。

(買ったのはブランド品ではなく米俵……? もしかして、今後の無職期間のためかな……)

話しかけられる距離ではあるが、美味は清川に声を掛けることが出来なかった。

大会議ホールを見物したあと、マロンと他の階も行き、様々な企画を楽しんだ。しかし、忘れてはならない。最後に約束していた米部米課にマロンと訪れなければいけないのだ。地下一階の米部米課の展示居室に着くと、ドアには「ただいま展示閲覧可」と札がかかっている。その下には、あと10分後から1時間はメンテナンスのため一時閉鎖になると書かれていた。一時閉鎖前のちょうどよい時間に来れたと美味はホッとしてドアを開けた。

「わ!」

「ワン!」

二人は、その展示物の壮大さに思わず目を見開き、のけぞった。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第6章 レッツ・シャイン祭(2)」、いかがでしたでしょうか?

コツコツとライスワークに励みながら祭の日を迎えた美味のライスヘアーは最高級米の輝き。5号までが確認された「小米田」たちを率いて米田博士が作り上げた米部米課のシークレット展示。ブランド品を諦め米俵を買った悲運の美人秘書・清田。それぞれの米模様、それにまいたけ模様にししとう模様。志藤課長の言う通り、ただのお遊びではないシャイン祭。米部米課でも、ただならぬ何かが起こりそう。さてこの予感、正解のししとうの香りが広がるのか、それとも……? 待て、次号!

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