甘辛天丼まいたけ課 第6章 レッツ・シャイン祭(4)

「マロン、大丈夫?」

「大丈夫だワン!」

「米田博士は!?」

「天堂くん、大丈夫だ。生きている」

横倒しになった米飯モニュメントの米飯が美味《びみ》たち三人を飲み込んでしまった。周囲は薄暗いが息は出来る。暗さに目が慣れて最初に状況が分かったのは視力の良い美味であった。

「あぁ、良かった。みんな無事ですね」

「ちょうど空洞になったんだワン」

続いてマロンも周囲が見えるようになっている。どうやら運が良いことに、米飯の粘りにより美味たち三人を包むように丸い空洞を作ったようだ。白い米飯が壁になり、あたかも出入り口のない米飯カマクラのようである。空洞の高さも面積もちょうど雪でできたカマクラと同じくらいだ。

「天堂くんもマロンくんも無事でまずは良かった」

居住まいを正した米田博士が安堵の息を吐いた。

「米田博士、きっとすぐに小米田さんたちが助けに来てくれますよ」

マロンも首を縦に振っている。しかし、米田博士は今度は失意のため息をついた。

「いや……小米田くんたちは実験熱心だ。すぐには来ないはずだ。私がいなくても実験は続ける。なので、しばらく気づかないだろう」

「え!? そうなんですか!?」

「ワン!?」

しかも、今はメンテナンスのため一時閉鎖されているので見物客も来ない。

「で、でも、1時間後は展示再開ですよね?」

「うむ。そうだといいのだが、コメールX分子が増幅し始めたとなれば、展示より実験の方が優先されるはずだ。数時間……いや、悪くすると一日中このままの可能性もある……」

この密閉された米飯カマクラがブラックホールになってしまう……美味は身震いをした。

「え……そんな……」

米田博士が急に背筋を伸ばすと美味とマロンの顔を見つめ、頭を深く下げた。

「天堂くん、マロンくん、こんなことになってしまい本当に申し訳ない」

「米田博士、やめてください! これは事故です。米田博士が悪いわけではありません」

「……」

しかし、米田博士は無言のままさらに頭を下げた。

「そうだワン! 頭を上げて欲しいワン!」

「……」

細かく体を震わせながら頭をもっと下げていく。

「やめてください!」

ついに米田博士の頭は床に着いてしまった。

「もうっ、お願いですからっ! やめてくださいっ!」

望んでもいない土下座をされた美味は思わず大きな声を出してしまった。その声色で、やっと米田博士が頭を上げてくれたのだが、その瞳はじんわりと潤んでいる。

「……すまん……私がこんなものを作ってしまったばかりに……」

美味と同じくらい米を愛する米田博士である。確かに「こんなもの」といえる大きさだけを追求した米飯モニュメントを作った理由が分からない。

「米田博士、教えてください。どうしてこれを作ったのですか?」

「実は――」

美味の問いに、米田博士は語り始めた。

米田博士の幼少期は苦しい生活をしなければならない家庭環境だったそうだ。そして、小さい頃から米田博士はご飯が大好物だった。しかし、貧乏が故に、ご飯は1日100粒しか食べられなかったそうだ。子供の米田博士は、いつも、「米粒が虹リンゴくらい大きければ良いのに……」と思いながら、小さな米粒を100個数える毎日だったそうだ。そして、成長するとともに貧乏から脱したらしいのだが、その幼少期の大きな米への憧れは心の奥深くに刻まれてしまった。そう、米田博士は米が大好きだ。美味しい米はもっと大好きである。――しかし、美味しい米よりも、もっと大好きなものがある。それは、大きい米なのである。虹リンゴくらいの大きさの米に対する憧れは半端ないものなのだ。だが、そんな大きな米は存在しない。そして、大人になり科学者となった博士は「ないのであれば、作ればいいじゃないか」と思うようになった。当然の成り行きであろう。その憧憬を形にすることを今回のシャイン祭で結実させたのである。

「しかし、私は間違っていたのだよ、天堂くん。私は、大きさを重視してしまって、肝心の美味しさを後回しにしてしまったのだ。しかも安全性に対しても甘く見ていた。そのために、こんな大惨事を引き起こしてしまったのだ」

話し終えた米田博士はしばらくうつむいていたが、ふいに、そばにある崩れた米の大きな一粒を手に取った。そして、それにかぶりついた。

「ま……まずい、大きいがまずい!……しかし、私は、全部食べるぞ! そして、天堂くんとマロンくんを救出する!」

米田博士の目からは静かに涙が一筋流れている。

「私も食べます!」

「ワンも食べるワン! ご飯は残しちゃいけないワン!」

美味もマロンも巨大な米粒を手に取り、食べ始めた。美味しいとは言えないが、薄められた味の中にもやはり「旨味」は感じられる。美味は素直にそのことを口にした。

「米田博士、これって大味だけれど、『まずい』って程でないですよ」

「そうかね……うむ。確かにそうかもしれない。美味しいお米に慣れたせいかもしれん。いつの間にか贅沢になり過ぎてしまったのだろう……」

米田博士が2個目の巨大米を手にした。

「美味しかった米を巨大化することによりまずくしてしまった。米に対して申し訳ない。すまん、米よ」

米田博士の自省の言葉を聞いた美味は、自然と話しだしていた。

「――大きい小さいとかって重要ではないですよね。大きさより旨味成分や栄養価の方が大切なんじゃないでしょうか。旨味のつまった小さな米が何粒も集まって、一杯の美味しいご飯になる……。お米も人間もそんなものなのかもしれません」

1個目の巨大米を食べ終えた美味は2個目を手にとった。すでにお腹はいっぱいだが、食べなくてはならない。

「天堂くんの言っていることは良く分かる。だけれども、全てのお米が美味なわけじゃない。中にはまずいお米が混じっているかもしれない。しかし、まずいお米ばかりだったらどうする? いくら一粒の美味しいお米ががんばったとしても、全体で評価されてしまう。どうしたらいいんだろうね……」

「どうしたらいいんでしょう」

「僕にも分からない。でもね、一人一人がいつか美味しいお米になろうと思えば、全ては解決するんじゃないかな」

「うまくいくでしょうか」

「どうかね」

「うまくいくワン!」

マロンが代わりに答えた。

「はは、万能犬のマロンくんが一番よく理解している」

「そうですね、マロンって最高なんです」

横のマロンも次の巨大米を食べ始めている。満腹なはずなのに頑張ってくれているのだ。

「実は、私も万能生物と暮らしていてね。子供たちが独立してからは、私と妻と海老郎《えびろう》と3人暮らしなのだよ」

「……え? 今、なんとおっしゃいました……!?」

米田博士が発した名前を聞いた美味は耳を疑った。海老郎と聞こえたが――まさか!? その時、

「米田博士、大丈夫ですか!?」

「全小米田たち、助けに参りました!」

と米飯カマクラの壁の向こうから何人もの声が響いてきた。米田博士も美味もマロンもその声に反応し、目を輝かせている。これで助かる!

「おぉ、小米田くんたち! 我々は無事だ! そちらからもこの米飯を食べてくれ! そして、トンネルを作るのだ!」

「はいっ、分かりました! 全員で食べます!」

小米田たちが、中の空洞を崩さぬよう慎重に米飯の壁を食べ始めたようだ。これで安心だ。だが、美味は気づいてしまった。わざわざ米粒を食べなくても、一旦どかすだけでも良くはないだろうか?

「小米田くんたち、頼もしいぞ!」

しかし、米田博士の米愛からすると、きっと食べながら掘り進めるのが流儀なのかもしれない。――それにしても、さっき美味は米田博士の口から「海老郎」という名前を耳にしたことがとても気になる。聞き間違いだろうか? それとも、もしや……もしや、であろうか?

(とにかく、まずはここを抜け出てからだな……)

すでに満腹の美味だが、そばにあった大きな巨大米をまたひとつ手に取った。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第6章 レッツ・シャイン祭(4)」、いかがでしたでしょうか?

まずい……大きいがまずい……米田博士も涙を禁じ得ないこの悲劇、「虹リンゴくらいの大きさの米」への切ない憧れが招いたものだった!
そんな博士たちを助けについに「全」小米田たちが集まり、懐かしい「海老郎」の名を意外な場面で聞くことになる美味。気になることが多すぎる今回、巨大ご飯茶碗のように目がクルクル回りそうですが、そのままクルクルと、待て、次号!!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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