甘辛天丼まいたけ課 第6章 レッツ・シャイン祭(5)

米部米課の100人の小米田たちが総動員で米飯モニュメントの外側から巨大米を食べ、内側からは米田博士、美味《びみ》、マロンが食べた。そして、1時間ほどで美味たちが閉じ込められた空間までのトンネルが出来上がった。

「やったー!」

「助かったワン!」

「良かった……!」

トンネルをくぐり抜け、米飯モニュメントのカマクラから美味たち三人は、無事救出された。笑顔の小米田たちは、皆、米飯の食べ過ぎのようで、中にはゲップを堪えている小米田や腹を抱えて辛そうな小米田もいる。幾分腹が出っぱった米田博士が白衣の襟を正した。

「天堂くん、マロンくん、本当にすまん。そして、小米田1号から100号のみんな、本当にありがとう」

皆に頭を下げると、どこからともなく拍手が沸き起こった。米部米課と美味とマロン、皆、一丸となり大惨事を食い止められたその喜びからである。

「……しかし、残りの巨大米はどうします?」

美味が拍手をしながらつぶやいた。米田博士も美味もマロンも小米田100人も、皆、巨大米を必死に食べてお腹がいっぱいである。しかし、目の前にある横倒しになった巨大茶碗からは溢れた米飯の大半はまだ残っていて山となっているのだ。

「ううむ……」

誰一人として、これ以上食べたら本当に腹がプチンとはち切れてしまう。理系丸社員の100人の小米田たちもどうしたらいいか見当もつかず頭をひねっている。おそらく米の糖分の摂取過多で頭が回らなくなっているのだろう。

「ワン!」

マロンが吠えた。

「マロン、もしかして……!?」

「ひらめいたワン!」

「さすが、万能犬のマロンくん!」

マロンは尻尾を激しく振っている。

「『瞬間天丼』だワン! あれは、天丼を小さくしたワン? 今度もこの米を小さくすれば良いワン!」

「そういうことか! 小さくしたと同時に旨味成分をも凝縮させる。しかし、『瞬間天丼』のように大きく戻さずそのまま食べる……そういうことだね!?」

米田博士は、身をかがめてマロンに近づくとそう言った。

「さすが米田博士だワン! その通りだワン!」

思わずマロンは、米田博士のお米型の額をペロリと舐めた。

「おぉ、マロンくん! ありがとう!」

お米型の顔が赤飯色に輝いている。

「小米田くんたち! この残った巨大米を『瞬間凝縮マシーン』にかけるのだ!」

「はい! 分かりました!」

返事をした小米田たちの中の一人が手を挙げた。

「米田博士、巨大米飯モニュメントの展示はもうできませんよね。その代わりに、来場者に『瞬間凝縮マシーン』で大きな米粒を小さい米粒に変化させる体験をしてもらったらどうでしょう?」

提案したのは小米田1号である。

「それは良いアイディアだ! 一石二鳥ではないか! その案、採用だ! 天堂くんも良かったら手伝ってくれないかね!?」

米田博士が美味の方を向いた。「はい」と言いかけたが、何か肝心なことを忘れている。

「あ、ダメです! 私の休憩時間がとっくに過ぎています! すみません、もう失礼します!」

美味は、マロンと共に米部米課から飛ぶように出て行った。

* * *

「天堂くん! 遅いよ!」

「天堂さん、早く早く!」

「もぉ~、次の休憩、私なんだからぁ~」

美味がまいたけ課の居室に戻ると、客の列ができていた。

「すみません……」

交代して休憩をとるため、美味が戻るのを待っていたそうだ。休みなく仕事をし続けていた舞田課長や真音《まね》やきの子に遅れた理由を言う余裕もない。そのまま美味はカフェで調理をし続けた。

「シューギョー、シューギョー」

そして終業のベルが鳴った。ようやく怒涛のシャイン祭が終了だ。簡単な片付けだけをし、後の片付けは明日すれば良いとのことで解散となった。

「マロンと一緒に帰るんだけど、きの子さんも一緒にどう?」

「ごめん! 私、舞茸ラボの様子が気になるので少し残るよ」

「分かったよ。じゃあ、お先に失礼します」

美味はまいたけ課の居室を出て、ししとう課に寄った。ちょうどマロンも帰宅する準備ができたところだ。美味はマロンとともにドンブリゲートを抜けたが、どうしてもあの後の米部米課がどうなったのか気になってしまう。それに、米田博士が発した「海老郎《えびろう》」という言葉もとても気掛かりだ。

「……マロン、帰る前に米部米課に寄ってみない?」

「ワンもそう思ってたワン!」

美味とマロンは、地下一階の米部米課の巨大米飯モニュメントを展示していた居室へと向かった。その居室のドアを開けると、先ほどの混沌とした状況ではなくなっている。マロンや小米田たちのアイディアが功を奏したようで、すでに崩れた米飯の白い山はない。また、転がっていた稲穂柄の巨大ご飯茶碗もまっすぐに直されている。そして、手前には「瞬間凝縮マシーン」と思われる機械が設置されていて、その排出口には小さなお茶碗がひとつ置いてあった。その中には小さな米粒が盛られている。おそらく巨大米粒を凝縮したものであろう。

「良かった、うまくいったみたいだね」

「そうだワン」

美味とマロンが安心して居室のドアから中を覗いていると、居室のさらに奥にあるドアが開いた。そこから現れたのはキャリーバッグを引いた米田博士だ。白衣を着ていないので、帰宅するところらしい。

「お疲れ様です、米田博士」

「お疲れ様。今日は色々とありがとう、小米田くんたち。先に失礼するよ」

帰宅の挨拶をしながら米田博士がこちらに近づいてきた。

「あ、天堂くんとマロンくん」

ドアの外にいる美味たちに気づいた米田博士は、さきほどの事件のこともあってか照れくさそうな顔をしている。

「お疲れ様です。米田博士。あれから大丈夫だったかなと思い、見にきました」

「あぁ、ありがとう。心配させたね。マロンくんや小米田くんたちのお陰で、見学客も巨大な米を凝縮させる体験を楽しんでくれたよ」

「結果的に成功だワン!」

「はは、万能犬のマロンくんはすごいね。うちの海老郎くらいの才能がある」

美味は、また聞き間違いか……と一瞬思ったが、聞き間違いではない。ちゃんと聞こえたのだ――「海老郎」と!

「米田博士……海老郎って?」

美味の問いに米田博士は何気なくキャリーバッグを引き寄せた。

「うん。海老郎は私の家族の万能海老だよ。本来は海老はハサミがないが、進化してハサミを持った新種海老で、もう30歳を超えている。20年以上前に一度、私と一緒に取り掛かっていた研究のことで大喧嘩をしてね。海老郎は家出をしてしまったことがあったよ」

「え……」

美味の瞳がじんわりと潤んできた。まさか……やはり……。

「海老郎は当時のことをあまり話したがらないんだがね。少しずつ聞いて大体の経緯は分かった。どうやら、しばらく大自然公園に住んでいたらしい。お米のような髪型の丸メガネをかけている女の子の友達が出来たそうだよ」

「それで……?」

美味は米田博士の話を急かせた。

「うん。それでだね、その子の誕生日にその子の家に行ったらしい。木の上に登り、窓から見えたのがキッチンだ。その子の母親がいた。手にしている袋に『海老一匹サービス中』というシールが貼られているのを海老郎は見た。その瞬間、悪寒が走ったそうだ。母親は海老を取り出し『あら、一匹多いわ。なんでかしら? でも、嬉しいな。もう一匹欲しいわ』とつぶやくと、海老たちが入っていた袋のシールに気づかずに袋を捨ててしまったらしい。まな板の上の海老は、海老郎とは種類が違うが同じ海老に分類される仲間たちだ。海老郎は、その仲間たちが調理されるところを目の当たりにしてしまったらしいのだ」

「そんなことが……」

美味の丸メガネが曇っている。そのメガネの奥の瞳には涙が溢れる寸前である。

「そして、海老郎は仲間を助けられなかったという悲しい気持ちだけでなく、母親に見つけられたら自分も『もう一匹』として調理されてしまうという身の危険も感じたらしい。その子へのプレゼントを家の前に置くと急いで大自然公園に戻ったと語っていたよ。その後、その子を公園で待っていたが、なぜかいつまで待っても現れなかったそうだ。その後しばらくしてからだよ。心身ともに衰弱している海老郎を私がやっと見つけたのは。家に連れ戻し介抱して、今に至るわけだ」

「海老郎……」

美味の瞳からは涙が流れ始めている。その様子を見た米田博士は、目を大きく見開いた。

「天堂くん……お米型の髪型、丸メガネ……まさか、君が……!」

その時、米田博士が持っているキャリーバッグのファスナーがひとりでに開いた。

「……海老郎!」

ファスナーの間から出てきたのは、一匹の海老である。その海老は、美味を見るとぷくぷくと嬉しそうに泡を吹き、ハサミをカチカチカチと3回小さく鳴らした。そして、紙を一枚取り出すと、素早くそれをハサミでエビエビと切り始めた。切り終えた紙を美味の方に差し出す。その紙は懐かしい筆跡でこう切り抜かれていた。

(美味ちゃん、やっと会えた)

海老郎はあの時のままの姿で、成長した美味を見つめている。

「海老郎、ごめん!」

美味は小さな海老郎を手に乗せると頬を寄せた。海老郎はハサミで優しく美味の頬を撫でた。20数年ぶりの再会、まさに海老マジックの瞬間であった。

(第6章 レッツ・シャイン祭 おわり)

※次回は「第7章 新商品ブラックホール」です。お楽しみに!

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第6章 レッツ・シャイン祭(5)」、いかがでしたでしょうか?

瞬間凝縮マシーンで巨大かつ大味な米を旨味たっぷりに変身。やってみたい……
小米田100人、海老沢部長の秘書12人より過剰なのでは疑惑……
いろいろ思わされる第6章の最終話でしたが、何よりも、海老郎、また会えるなんて! 海老郎との無事の再会にエビエビと滂沱の涙です。めでたしめでたし、の次は何と、新商品ブラックホールですと!? 止まらない涙をハンカチ100枚で拭き拭き、待て、次号!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内>

スポンサーリンク

フォローする