甘辛天丼まいたけ課 第7章 新商品ブラックホール(1)

株式会社ブラックホールの一大イベントのシャイン祭が終了し、通常業務に戻って数日後のことである。美味《びみ》は、シャイン札の残務処理のため穴子課の如呂田《にょろだ》のもとを訪れていた。

「まさか、天堂さんと海老郎《えびろう》副部長とそんな繋がりがあったとは驚きです」

「えぇ、そうなんです。私もびっくりです。それと、以前、如呂田さんがおっしゃっていた客員丸社員の米部の副部長って、海老郎……海老郎副部長のことだったんですね」

仕事の後の雑談で、美味は米部米課の巨大米モニュメント崩壊の経緯や海老郎との再会についてを如呂田に話したのだ。

「そうです。海老郎副部長のことです。海老郎副部長は非常に小柄なため、米田博士のキャリーバッグに入って通勤しているし、米部の特別研究室以外はめったに出歩かないんです。特に天丼部は敬遠しているようですよ」

「――まさか、海老課があるから?」

如呂田はうなずいた。

「そうです。大きい声では言えませんが、もし海老が大好物な海老沢部長に見つかったら大変なことになりますしね」

確かに、海老であればどんな種類や大きさであれ必ず平等に調理をしてしまう海老至上主義の海老沢部長だ。海老郎が見つかったとしたら……美味は、思い切り身震いをした。

「まぁ、ともあれ、天堂さん、20年越しに再会できて良かったじゃないですか」

曇った表情になった美味を見て、如呂田はさりげなく話題を方向転換した。

「はい。本当に! こんなに嬉しいことがあるなんて! マロンなんて海老郎から名刺をもらったんですよ。ふふふ……その時のマロンの尻尾の振り方といったら! それに、今度、米田博士の家にマロンと一緒に遊びに行く約束もしました」

「本当に良かったですね」

優しく微笑む如呂田の上品な格好良さは、真音《まね》の真似ではないが、美味でさえも見惚れてしまうほどであった。

穴子課での如呂田との打ち合わせも終わり、廊下に出たところで美味は清川と鉢合わせた。

「あ、清川さん、お疲れ様です」

「天堂さん、お疲れ様です。ちょうど良かったです。今、お会いしに行こうと思っていたところです」

清川は小さな紙袋を携えている。

「今日、私、退職するんです」

意外なひとことに、美味は丸メガネのテンプルを思わず触った。

「……え? 今日!? もう少し先かと思っていました。思ったよりも早いですが……」

「えぇ、早まったんです。ひどい話ですよね。でも、シャイン祭でお気に入りのブランドのバッグを買えたし、気持ちを入れ替えてがんばらなきゃ」

ブランド品でなく米俵を買っているところを美味は目撃している。清川の虚勢を張る気持ちも分かるが、真実を知っている美味にはやはり痛々しく聞こえてしまう。美味が返信できずにいると清川は話を続けた。

「あ、それと志藤課長が、志藤課長の知り合いの会社に推薦してくれそうなんです。まだ確定ではないので、しばらく無職にはなっちゃうんですが。まぁ、一時社員だけど時給も100球上がるし、KusoGG《くそじじい》のお世話係ではなくなるから、それだけでもいいかな」

おそらく、志藤課長の紹介の件は本当だろう。安心した美味は、やっと口を開いた。

「清川さんがいなくなると寂しくなります。でも、次が決まりそうで本当に良かった」

清川は整った顔を綻ばせて、持っていた紙袋から何かを取り出し、それを美味に差し出しながら言った。

「天堂さん、今までありがとう」

それは、極上旨味海老煎餅であった。

* * *

美味がまいたけ課の居室に戻ると、中ではきの子が一人で黙々とマルコンで作業をしている。美味の方を振り向きもしない。

「きの子さん」

美味はきの子に話しかけてみた。

「わ! びっくりした! 天堂さん戻ってきてたんだ」

「すっごい集中しているね。何の作業?」

きの子はマルコンの手を止めて、大きく伸びをした。

「うん。今までは舞茸の育成データだけマルコンに入力していたんだけど、舞田課長から、これからは栽培方法も入力して欲しいって言われちゃてさ。そんなこと言われると、キノコ栽培のプロとしては完璧なもの作りたくなっちゃうじゃない。だから、ついつい集中しちゃった」

きの子はキノコの栽培が心底好きなようだ。美味がライスワークに集中するのと同じくらいきの子もキノコ栽培に関わることには夢中になってしまうらしい。

「たまに息抜きしないと疲れが溜まっちゃうよ。これ、清川さんからもらったんだけど良かったら食べて」

美味はきの子に先ほど清川からもらった極上旨味海老煎餅を渡した。

「え? いいの? 天堂さんが食べればいいのに」

「……うん。実は私、もう二度と海老は食べないって決めたんだよね。だから、きの子さんが代わりに食べてくれるとすごく嬉しい」

きの子には海老郎との再会の話はしてある。事情を察知したきの子は、

「そんなことなら、喜んで食べちゃうね! ありがとう」

と言い、早速煎餅を食べ始めた。

「戻ったよー」

しばらくして、まいたけ課に舞田課長と真音《まね》が丸社員会議から戻ってきた。舞田課長が海老の匂いをすばやく察知したようである。

「お、なんだか香ばしい海老の匂いがするなぁ。……海老といえば、真音ちゃんは、海老課の『大海老王子』を観劇できたんだよね? 僕は休憩時間が合わなくて見られなかったよぉ~。羨ましいなぁ」

「はいぃ、すっごく豪華な舞台でしたよぉ」

ため息とともに舞田課長が美味ときの子にも話しかけてきた。

「天堂くんときの子くんは、『大海老王子』見たの?」

「いえ、私は見てないです」

美味は、はなから「大海老王子」には興味がない。きの子も首を横に振っている。

「私は、ほとんどの休憩時間はししとう課にいたんで見てないです。『ししとう姫ゲーム』、楽しかったですよ」

そのきの子の言葉に真音が反応した。

「あぁ、あのゲームは好評みたいよねぇ。商品化されることが決まりそうよぉ、きの子さん」

「本当ですか!? 私、絶対に買います! 面白い上に、すごく良心的で、一日1時間ゲームをすると先に進めなくなるんです。それでも無理にゲームを続けると後戻りしちゃう時間制限モードがあるんですよ」

ゲームのし過ぎを牽制する良識派の志藤課長らしい設定だ。

「そぉなんだぁ~。ししとう課には忙しくて行けなかったから、発売したら買ってみるわねぇ。私、『大海老王子』の観劇のほかは、穴子課の穴子サプリの開発発表と展示即売会を見学してたから時間がなくてぇ。あ、それと、丸社員だけしか見学できない社長室の『社長ロボット』の展示も見たけど」

シャイン祭で真音が穴子課に長時間ウロウロしていたことを、美味は如呂田からさきほど聞いたばかりだ。ずっと真音に話しかけられて、如呂田が他の業務ができなくて困っていたようである。

「しかし……社長ロボは、すごかったなぁ……うん……すごい……」

舞田課長も社長ロボの展示を見たらしいが、なぜかモゴモゴと口を濁している。

「そうですねぇ。まさか、沢山の社長ロボが一斉に誤作動するハプニングが起きるなんてぇ」

「誤作動って何が起こったんですか?」

すかさず質問するきの子に、真音が躊躇することなく答えた。

「あのねぇ、沢山の試作品の社長ロボがスカートめくりをしたり、ハリセンで部下たちの頭を叩きまくったりしたのよぉ。あはは」

無邪気に笑う真音に、舞田課長は焦って人差し指を口元に押し当てた。

「シー! 真音ちゃん! それは内緒だよ!」

「あー、そーですか。社長がセクハラとパワハラを繰り返したってことですかー」

きの子は赤い毒キノコカットを揺らしながらクククと笑っている。

「違うよ! 社長じゃなくて『社長ロボ』だよ! きの子くんも、シーっ!」

舞田課長がやたら焦っている中、美味が、

「しかし、何で社長ロボなんてものを作ったんですかね……」

と率直に疑問を口にしてみた。舞田課長は、「シー」と言いながら、紙に何かを書き始めている。そして、書き上げた紙を皆の方に見せた。

(社長ロボは、社長が言いにくいことを代わりにロボットに言わせるために作られたらしいよ。今まで、社長は社内で問題が起こると持病の頭痛を発症して退任することが多かったんだけど、すぐに治ってまた社長職に復帰していたんだ。最近では、娘の穴子課の黒穴課長が入社したこともあって、退任と復帰を繰り返すのも体裁悪くなったみたい。そんな理由で、代理で嫌な業務をしてくれる社長ロボを作ったらしい。みんな、これは絶対内緒だよ!)

口で言わずにメモでならば、部下たちに秘密を暴露していいのだろうか。もしかして、隣のししとう課に志藤課長がいるからなのかもしれない。あるいは、この居室内に別の監視が設置されてしまったのであろうか……。どちらにしても、この社長ロボは、株式会社ブラックホールのブラックホール化、その最初の一歩であったのだった。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第7章 新商品ブラックホール(1)」、いかがでしたでしょうか?

感動の再会を果たした海老郎は捕食されるリスクを背負って出勤する副部長。きの子はキノコ栽培に余念がなく、清川さんは新しい節目を迎え、美味も決意新たにライスワーク&一時社員の道に励もうとした矢先、社長ロボ? 何それ? もしかして株式会社ブラックホール、本物の社長もロボだとか? でも章タイトルは「新商品ブラックホール」だし、いったい何が始まるのやら、ドキドキハラハラモヤモヤとおやつでも食べながら(旨味海老煎餅でも許します、でも海老郎の前ではヤメテ by美味 ) 待て、次号!!

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