甘辛天丼まいたけ課 第7章 新商品ブラックホール(2)

シャイン祭が終わった後も、マロンは志藤課長から外部委託として仕事を頼まれている。出社しなくてもよいリモートホームワークで、かつ、業務量を調整できるので、今までの生活リズムを崩すことなく仕事もでき、今まで以上にマロンは充実し生き生きとしているのだ。

「今、『ししとう姫ゲーム』の改良版を作ってるワン」

マルコンを使い、ゲームのシステムを構築しているようだが、理系ではない美味《びみ》にはチンプンカンプンだ。ただ、最近のマルコンの合成音声に張りが出てきたように感じるのは、本来のマルコンの高度な機能を使ってもらえてマルコンも充実しているからかもしれない。

「仕事で困ったときは、海老郎《えびろう》くんにアドバイスをもらっているワン」

「海老郎もマロンもやっていることが難し過ぎて、私にはついていけないよ~」

先週末の休日に美味とマロンは米田博士の家に遊びに行った。米田博士夫妻と海老郎とともにとても充実した和やかな時間を過ごしたのだ。マロンと海老郎は、同じ少数派の万能生物として気が合った上に、仕事でも助け合える間柄になっている。

「でも、嬉しいな……。最初、ブラックホールなんて会社はヤバそうって思ったけど、こんな良いことが起きるなんて」

「ワン!」

思い起こせば、一時社員募集の案件の中から、マロンが選んでくれた会社である。

「マロンのおかげだよ。マロンがいてくれないと私、本当にダメだなぁ~」

その美味の言葉を聞いたマロンは、ちょっと困った顔をして、尻尾の動きを止めた。その時、

「通知ガ届イテオリマス」

とマルコンの合成音声が響いた。

「美味ちゃん、清川さんからだワン」

退職時に清川と連絡先を交換していたので、久々にマルコン通知をくれたらしい。美味は、早速その通知を開いた。

「なになに……志藤課長が紹介してくれた仕事が決まりそうです……だって、良かったじゃない!」

「ワン!」

美味は続きを読んだ。

「えぇと……海老課の残った秘書仲間から聞いたんですが、海老沢部長の秘書がまた減らされるそうです。天丼部、かなり危ないらしいですよ。売上自体は良いらしいのですが、人件費と開発費にお金をかけ過ぎて利益が減収しているという指摘が上層部から入ったらしいんです。それで一時社員の秘書がさらに解雇されることに決まったということです。秘書以外の他の一時社員もどうなることか、といった状況らしいです。天堂さんも早めに次を探した方がいいかもしれません……だって」

退職した清川は秘書仲間のネットワークで、現役の美味よりも内部の情報を得るのが早いようだ。しかし、さらに一時社員の解雇が続くという情報は、早めに聞きたかったような聞きたくなかったような……微妙な気持ちになる。

「美味ちゃん、大丈夫ワン」

沈んだ顔になった美味の顔をマロンがペロリと舐めた。

* * *

米部米課に海老郎が勤務していることを知った後は、休み時間に米部米課の特別研究室に遊びに行くことが多くなった。空白の20数年間を埋めるように、美味と海老郎は交流したのだ。もちろん、米田博士も一緒だ。

「最近、米糠エネルギーを利用する実験をしているんだ」

海老郎は、海老郎専用の小型マルコンを器用に扱い、マルコンの合成音声でスムーズに会話ができる。ハサミで紙や葉を切り抜いて会話をすることもあるが、今は、主にマルコンを介しての会話が多い。

「マロンも海老郎も、超理系ですごいことをしているよなぁ」

美味が感心していると、米田博士が米マカロンを美味と海老郎に勧めながら会話に入ってきた。

「そうそう。海老郎がいなければ、私の研究も進まないよ」

米田博士と海老郎は、公私ともに良いコンビだ。家では親子のような間柄ではあるが、仕事では意見を自由に言い合い、より良い研究を進める同志といえる。海老郎と初めて出会った20数年前、美味は風変わりで頭の良い海老だとは思っていたが、ここまで能力があることは分からなかった。

「海老郎は確かにすごいが、美味くんのライスワークも私たちからしてみれば、『すごいこと』だがね」

海老郎が同意するようにハサミを3回鳴らした。

「そう言ってもらえるとヤル気が出ます!」

米田博士の家に遊びに行った時に、美味は、ライスワーク――現代米美術の作品の超立体画像を持っていって見せたのだ。それは心打ち解けた相手にしか知らせない美味の本当の姿を証明する物である。

「親友の出産祝いのライスワークももうすぐ出来上がりそうなんです」

「それは素晴らしいね。是非、拝見したいものだ」

米マカロンを頬張りながら和やかに会話をしている中、マルコンを見つめていた海老郎が、急に興奮したようにハサミを何度もカチカチと鳴らし始めた。そして、そのハサミを自分のマルコンの画面の方に向けている。

「どうした、海老郎?」

米田博士が、海老郎の小さなマルコンを覗き込むと、

「実験室の数値が……!」

と絶句した。米田博士は、すばやく海老郎を肩に乗せると、慌てて特別研究室の奥にある特別実験室の中へ入って行ってしまった。

「どうしたんですか!?」

一人残された美味はどうしていいか分からない。特別実験室のドアは開けられたままである。二人の後について中に入ってみた。すると、初めて入るその部屋はとても広い。中には様々な実験器具が並んでいて、その中央にはガラスでできた大きなケースがあった。

「米田博士、海老郎、大丈夫ですか……!?」

米田博士は、そのガラスケースの前で立ち尽くしている。肩に乗った海老郎も身動きしない。美味はガラスケースの中に小さな黒いものがあるのに気がついた。美味が近づいていくと、米田博士のつぶやきが聞こえた。

「これは……まさか……!」

目の前のガラスケースの中には、虹リンゴ程度の大きさのものが浮遊している。それは渦巻き状で黒い。いや、黒ではない。黒よりももっと黒い色――闇の黒さなのである。その黒い渦巻き状のものは、くるくると回転した後、渦巻きの中央部分が小さく左右に裂けるように開いた。まるで口のような形である。

「何!? これ!? 口みたいに見えます……」

渦巻き状の黒い物体は、その口を開いたり尖らせたりしている。

「美味くん、こ、これは……ブラックホールだ!」

海老郎がハサミを3回鳴らした。そう――それは、小さなブラックホール、赤ちゃんブラックホールであったのだ!

「よ、米田博士、こ、ここここれ、つつつつ作ったのですか?」

「いや、違う。我々が作ったわけではない。米糠エネルギーを開発するため、まずは比較用に既存エネルギーの研究していたのだ。その途中の予期せぬ副産物なのだ……」

黒い渦巻き銀河のような形態をしている赤ちゃんブラックホールは、口をぱくぱくと動かしている。何かを言いたいのか、それとも、何かを食べたがっているのか。赤ちゃんブラックホールは、くるくると浮遊していたが止まった。美味の方を向いているように感じる。そして盛んに口を動かしている。

「……」

言葉にはならないテレパシーのような感覚が美味に伝わった。闇の静けさの中に沈んでいくような気分になり、美味は赤ちゃんブラックホールから目を離せなくなってしまっていた。

「このコ、なんだか可愛いです……」

渦巻き部分を伸縮させる仕草はどこかあどけなさがあり、惹きつけられてしまう。目から闇を脳に吸収するかのように凝視していた美味は、ガラスケースへと一歩二歩と近づき、無意識のうちに赤ちゃんブラックホールの方へと手を伸ばしていた。

「美味くん、やめなさい!」

手を差し伸べられた赤ちゃんブラックホールは、素早く美味に近づくと、小さかった口を上下左右にガバリと大きく開けた。その口の中は黒よりも黒い闇。美味の目の前に闇が広がった――吸い込まれる! そう思ったが、ガラスがそれを阻んでくれた。

「大丈夫か、美味くん!?」

「あぁ、私……」

心配した海老郎が米田博士の肩から美味の方へと飛び移った。海老郎の冷たいハサミが頬に触れると、美味は正気に戻った。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第7章 新商品ブラックホール(2)」、いかがでしたでしょうか?

海老郎と再会できるばかりかマロンともども仲良く仕事ができるようになるなんて、美味、本当に良かった、これは「一時」の結んだ縁には間違いない! と喜びも束の間、天丼課の一時社員の行く末に暗雲が立ち込め、その上真っ黒い渦巻型で口のある闇という文字通りの暗雲に魅入られてしまった美味。何が起きているのか、海老郎のハサミの冷たい感触を妄想して興奮を冷ましながら、待て、次号!!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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