甘辛天丼まいたけ課 第7章 新商品ブラックホール(5)

「大きくなっていく!」

小型強化ガラスケースに近づきながら美味《びみ》は叫んだ。その様子をマルコンで見ていた海老郎《えびろう》は、すぐにマルコンの裏システムで100人の小米田《こよねだ》に緊急招集の連絡をする。しかし、小米田たちよりも先に到着したのは米田博士であった。

「美味くん、叫び声を上げていたが大丈夫か! 先ほど、猛スピードで海老沢部長が居室から出ていったので何かあったと思って急いで来てみたが……こ、これはっ……!」

ガラスケースの中の膨れ上がったブラックホールを見た米田博士は後の言葉が出てこない。美味は、そんな米田博士に、

「海老沢部長がこのブラックホールを見つけて、愚痴や悪口を言って食べさせたようなのです。ブラックホールは最初は喜んでいましたが、次第に苦しみ出して、膨らみ始めて……」

と早口で説明していると、大勢の足音がこちらに近づいてきた。

「大丈夫ですか!」

「なんということだっ!」

「あぁ、大変なことにっ!」

小米田たちが駆けつけてきたのだ。部下たちの到着で米田博士は我に帰った。

「だ、大丈夫ではないっ! 今すぐ、このブラックホールの膨張を止めないと、このガラスケースを破って出てきて、我々も、この会社もブラックホールに飲まれてしまう! まずは、小米田1号と2号は例のアレを持ってきてくれたまえ! 私も後から行く」

「はいっ!」

小米田1号と2号が走り去っていく。

「小米田3号から55号までは、万が一の事態に備え、防護シールドの準備だ!」

「はいっ、了解です!」

3号から55号までの小米田たちもどこかへ走っていってしまった。

「残りの小米田56号から100号までは、ホワイトホールの準備を開始してくれたまえっ!」

「分かりました!」

残りの小米田たちも指示を受けて、それぞれの持ち場へと急いで去っていく。米田博士もどこかに行ってしまった。緊急事態に備えた対策は事前に立ててあるようだ。残された美味がポツンとひとり立っていると、キャリーバッグがひとりでに動いて近づいてきた。そのキャリーバッグの上には小型マルコンと海老郎が乗っている。海老郎がキャリーバッグを操縦してやってきたのだ。

「美味ちゃん!」

マルコンから海老郎の合成音声が鳴った。美味が海老郎に手を差し伸べると、海老郎はエビエビとその手に乗ってくる。美味は海老郎を肩に乗せると、ガラスケースの方を向いた。ブラックホールの膨張は少しずつだが続いているようだ。確実に大きくなっている。苦しむ様子も変わらない。中央部分を折り曲げるように身悶える仕草は、まるで腹痛を起こしているようにも思える。……腹痛? もしや、本当に腹痛なのではないだろうか……?

「海老郎……もしかして、海老沢部長の愚痴や悪口が濃厚過ぎて、ブラックホールがお腹を壊したのかな?」

美味の肩に乗った海老郎は、3回ハサミをカチカチ鳴らし、同意の意思を伝えてきた。

美味と海老郎が待っていた時間は、長いようで短かったのだろう。米田博士と小米田1号と2号が、機械を携えこちらに戻ってきた。その後から、小米田3号から55号までが、大きなビニール袋のようなものを運んでくる。

「どうだね!? ブラックホールの様子は?」

米田博士の問いに美味が渋い声で答えた。

「膨らむ速度は衰えましたが、やはり少しずつ大きくなっています」

「うむ……想定していた範囲ではあるが、まさか本当にコレを使うことになるとはな……」

「それは何ですか?」

米田博士は小米田1号と2号とともに運んできた機械をガラスケースの方に向かって設置している。

「これは、こんなことがあろうかと思い作成していた『憎悪反復装置』だ」

「『憎悪反復装置』……ですか?」

美味には何のことかさっぱり分からない。

「そうだ。『憎悪反復装置』だ」

美味が首を傾げている間に、小米田3号から55号たちは、運んできた大きなビニール袋のようなものでガラスケースを包んでいる。そこに、小米田56号から100号がやってきた。白く丸い大きな風船のようなものをまるでビーチボールのように扱い、小米田たちが手で頭上に弾ませながら運んでいる。

「そのビニール袋のようなものが『防護シールド』それに、今、到着した白い風船みたいなものは『ホワイトホール』だ」

「え? 『防護シールド』? 『ホワイトホール』?」

よく分からない用語がまたもや出てきて美味は混乱した。そんな美味を見ていた海老郎はピョンと器用にキャリーバッグに飛び移ると、マルコンを操作し始めた。海老郎の合成音声が響く。

「美味ちゃん、僕が説明するよ。米田博士や僕たちは、最後のひとつのブラックホールがもし消滅しなかった場合を想定し、その対策のための研究開発を進めていたんだ。それが、『憎悪反復装置』と『防護シールド』と『ホワイトホール』なんだよ」

海老郎は、美味の方を向いて顔を少し動かした。そして、また合成音声を鳴らし始めた。

「で、どのように使用するかというと、まずは、処置を行う前に『防護シールド』で強化ガラスを覆い、外部への被害を最小限に留める。そして、膨張などの異常事態になったブラックホールに愚痴や悪口や罵詈雑言と等しい成分の『憎悪』を反復して与える。反復して与えることにより、ブラックホール内の成分が高濃度になる。飽和状態となったブラックホールは成長し切らない状態の小さいうちにどんどん分裂していくことになるんだ。わざと弱体化したブラックホールを増やした状態だよね。そこに『ホワイトホール』を照射するんだ」

「待って、『ホワイトホール』が分からない」

「それは、ブラックホールの真逆な物質、と言えるものなんだ。ホワイトホールは光よりも輝く白い物質なんだけど、光と融合すると無害化することが分かっている。僕たちが浴びたとしてもほとんど問題がないんだ。ホワイトホールは、あの風船の中に詰め込まれている。このホワイトホールを弱体化したブラックホールに照射させることにより、ブラックホールはホワイトホールに取り込まれ消滅する、という予測なんだよ」

「何だか分かったような、分からないような……」

海老郎は続けて合成音声を鳴らした。

「でも、なるべくなら自然消滅させたかったんだ。ホワイトホールは無害といっても、しばらくその影響は出るだろうからね……」

海老郎の解説が終わったころ、米田博士たちの準備も整ったようだ。皆、美味と同じようなサングラスをかけて、耳には大きな耳栓を入れている。米田博士が美味にもサングラスと耳栓を渡してきた。

「耳栓をつけて、二重でサングラスをかけなさい。それと海老郎はそのキャリーバッグの中に入ってくれ」

美味は耳栓をし、パンダのようなサングラスの上からもうひとつサングラスをかけた。海老郎は、自らキャリーバッグの中に入り、出入り口も塞ぎ、窓にもシャッターを下ろしている。

「みんな、用意はいいか?」

塞がれた耳から微かに米田博士の声が聞こえる。

「はい!」

美味と100人の小米田たちが大きく返事をした。

「では、まずは、『憎悪反復装置』のスイッチオン!」

小米田1号と2号が「憎悪反復装置」のスイッチを入れた。うなるような重低音が響く。防護シールドにより音漏れが少なくはなっているようだが、なんとも不快な音だ。すぐにブラックホールの様子に変化が現れた。腹痛が治ったように軽やかな動きになり、盛んに口を開けている。口を開けるスピードが速い。すると、ブラックホールは回転しだし、千切れるように分裂し始めた。大きかったブラックホールが、たくさんの小さな小さな赤ちゃんブラックホールになっていく。

「わぁ!」

ガラスケースの中に小さな黒い蜘蛛の子がたくさんいるような状態だ。米田博士が片手をあげた。小米田1号と2号は「憎悪反復装置」のスイッチを切った。米田博士が、小米田3号から54号までが手に持ち浮かばせている風船のような「ホワイトホール」を指差した。それと同時に小米田55号が、大きな針のようなものを風船に突き刺した。それと同時に閃光が走った。

「きゃあぁぁぁ!」

サングラスを2つかけていても視力がよい美味にとっては輝く強烈な白い光は刺激が強すぎた。咄嗟に目をつむり、うずくまる。白い残像が目の裏に焼き付いている。じっとして丸くなっていると、肩に重みが感じられた。そして、誰かが美味の耳栓が外した。

「カチカチカチ」

海老郎がハサミを鳴らした音だ。その音が悪夢から解放する合図のように美味は、顔をあげた。

「美味くん、もう大丈夫だよ。サングラスを全部外して、見てくれたまえ」

米田部長の声のする方を見ると、その後ろにはガラスケースがあった。しかし、中には、もう何も入っていない。

「成功したんですね!」

「うむ」

「すごい、米田博士! 小米田さんたち! 海老郎!」

美味の賛辞に米田博士も小米田たちも満足そうに笑っている。皆、緊張感から解放された、安らぎの微笑みである。

「うん……良かった」

米田博士がブラックホールがいなくなったガラスケースに近寄り、その表面をそっと触った。

「実はな……今だから言えるが、私は研究用にブラックホールを残しておきたかった気持ちもあったんだ。だけど、なくなって良かった。研究といえども、危険なものを手元に置いていくのはよくないからな」

手早く片付けを始めていた小米田たちも研究者として同じ気持ちだったようだ。手を動かしながらも、皆、うなずいている。米田博士はつぶやくように話を続けた。

「数百年前に使われていたプラスチックがマイクロプラスチックとしていまだに存在する。ブラックホールだって、小さければ良い、少量ならば良いというものではない。私たちは、前の世代の負の遺産を背負っている。だからといって、私たちが後世に同じように不要な危険物を残していいということが正当化されるわけではないのだよ……」

美味は米田博士の隣に並んだ。

「同感です」

そう言った後、美味は笑みを浮かべた。

「でも、私、今回、ブラックホールよりも恐ろしいものが分かりました」

「それはなんだね?」

米田博士は美味の方を向いている。

「海老沢部長の愚痴と悪口です。ブラックホールでさえも消化不良を起こしてしまくらいですから」

「ふふ……確かにな……」

美味の言葉に米田博士だけでなく、小米田たちからも小さな笑い声が漏れている。

「しかし、ブラックホールが食べたものってどこにいったんでしょうか?」

その問いに、海老郎がハサミを3回鳴らして、近くにあった紙をエビエビと切り始めた。その紙には、

「どこか遠い時間の遠い場所」

と書かれていた。

「そうか。だったら、海老沢部長の愚痴も、100億年先の遠いどこかの星で発見されるかもしれないね、海老郎」

美味がそう言うと、海老郎は、首を振りハサミをカチカチと鳴らした。

* * *

ブラックホール事件が解決し、美味はすぐに帰宅したかったのだが、荷物をまいたけ課の居室に置いたままであった。まいたけ課に戻らなければならない。

「あれ……?」

まいたけ課の居室の少し手前の廊下で、まいたけ課のドアが開き中からひとりの人物が出てきたのを美味は目撃した。その人物は黒穴社長である。しかし、どこか違和感がある。廊下ですれ違う黒穴社長に美味が会釈をした時、横目で黒穴社長の顔を盗み見た。一瞬であったが、美味にはすぐに分かった。その顔には小さなビスが付いていたのだ。

(この人、黒穴社長じゃない……。社長ロボだ)

社長ロボが出てきた居室はまいたけ課である。何のためにまいたけ課に来たのだろうか……。美味は嫌な予感とともに、舞茸が張り付くドアを開けた。

「お疲れ様です」

居室の中では、青ざめたきの子が一人立っていて、入って来た美味を驚くような表情で見た。しかし、美味だと分かると安心したようにゆっくりと目を閉じ、そして開けた。

「天堂さん……私……」

きの子は唇を震わせている。

「え、どうしたの? 今、社長ロボが来ていたみたいだけど?」

ゆっくりときの子は首を縦に動かした。

「今、私……社長ロボから言われたの……解雇通告されたの」

「えぇっ!」

まさか、きの子が――美味は言葉が出てこない。ロボットといえども社長直々に解雇通告があったとは……。もう覆すことは不可能に違いないことは、美味もきの子も察知している。

「どうやら私の舞茸栽培のノウハウの全てをマルコンに入力し終えたのを見計らって来たみたい……」

青ざめた顔のきの子はマルコンの画面を苦々しく見つめていた。

(第7章 新商品ブラックホール おわり)

※次回は「第8章 舞茸か獅子唐か」です。お楽しみに!

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第7章 新商品ブラックホール(5)」、いかがでしたでしょうか?

今週の「声に出して言いたいイカした近未来ファンタジー会社ワード」は断然、「憎悪反復装置」。さすが米田博士。そしてさすが、100人の小米田たち。12人の秘書は過剰だけれど、小米田は「これでも人手が足りないくらい」というのも頷ける活躍ぶり。もちろん海老郎と美味も大活躍、お疲れさまでした。改めて米田博士、科学者の好奇心に打ち勝って、ブラックホール消滅をよくぞ決意してくれました。めでたし、めでたし……と言いたいところですが、社長ロボ、もはや社長業務を代行しているのか? そしてその業務がきの子さんへの解雇通告!? なんてこったい、いったいこれは「舞茸か獅子唐か」、えっ、まいたけ課ししとう課? 混乱して慌てつつ、待て、次号!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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