甘辛天丼まいたけ課 第8章 舞茸か獅子唐か(1)

ブラックホール事件は解決した。しかし、同じ日、それと入れ替わりに発覚したことがある。きの子の解雇である。前触れもなくまいたけ課の居室にやってきたのは黒穴《くろあな》社長ロボット。これはシャイン祭で社長室が研究成果として発表した社長型ロボットを実用化したものだ。その社長ロボからきの子は解雇を告げられたのである。衝撃的なその日から数日後の週末の会社帰り、きの子と美味《びみ》は居酒屋くりげに来ていた。美味はきの子を励ますために、マロンを呼んで3人での飲み会を開いたのだ。

「マロンちゃんも来てくれるなんて嬉しい!」

いつものようにパズル柄のエプロンをつけたマロンは尻尾をブンブンと振っている。

「きの子ちゃんの緊急事態だから、もちろん来るワン!」

その言葉で、きの子は解雇のことを思い出してしまったようで「ふぅ」とため息をついた。

「私自身もびっくりだよ……まさか……ね……はぁ……」

たちまちにして、きの子が闇の中の毒キノコと化していく。

「と、とにかく、飲もう!」

そんな暗い雰囲気を払拭するように美味は快活にグラスを手に取った。

「そだね!」

「ワン!」

三人は、「とりあえず乾杯!」と言いながら、栗色の栗ビールを打ち鳴らした。

「だからさぁ~、私わぁ~、あの腹黒社長ロボよりもね、本物のアイツ、あの腹黒社長が気に食わないんだよぉ~。言いたいことあったら、堂々と自分で言えっつーのっ!」

酒が入り、きの子は赤いキノコカットと同じくらい顔が赤くなっている。しかも、かなりの不満とストレスがたまっていたこともあり饒舌である。

「社長ロボって、もしかして解雇通告用のロボットなのワン?」

あまり酒に強くないマロンは栗ビール1杯の後は、ノンアルコールの本日本酒《ほんにほんしゅ》をチビチビと飲んでいる。

「そうみたいなんだよ、マロンちゃん。社長ロボが1台だけでなく何台も作られた理由は、用途に合わせて使い分けるかららしいんだよね。私のところに来たのは、解雇通告用の社長ロボ。そのロボとの会話は全て録音録画されているって、話を始める前に言われた。どうやら目に録画用カメラが搭載されているみたいで、瞬きもせずに凝視してくるんだよね。気持ち悪いし、もぉ~本当に不愉快っ!」

そう言うと、きの子は残っていた栗ビールを一気に飲み干し、「もう一杯~!」と注文している。

「だけどさ、きの子さん、まだ契約満了前でしょ? 副社員だから契約期間は一時《いっとき》社員より長いし、契約満了日まで延長してもらえるんじゃないの?」

栗ビールを飲みながら美味が言った。新しい栗ビールが届いたきの子は、それをガブリと豪快に飲むとグラスを勢いよく音を立ててテーブルに置いた。そして、姿勢を正す。酔ってはいるのだが、その目は真剣だ。

「うん。満了日前だから補償として少しは特別手当が出るみたい。で……考えたんだけど、延長の申し立てはやめた――実は、私、踏ん切りがついたんだ」

「え? 踏ん切りがついたって?」

「どういうことワン?」

いきなりの真面目な告白に驚く美味とマロンに、

「実は……」

と、きの子は今までほとんど話すことはなかった自分のことを初めて語り出した。

きの子の実家は舞茸農家である。このことはきの子は公言していたので、美味はもちろん知っていた。しかし、きの子がこの会社で働くまでの経緯は聞かされていなかった。社会人になり何回か転職を経験すると、自然とそういった過去のことを話さなくなるのはごく一般的なことである。美味だって、過去のあれこれを周囲にわざわざ必要もないのに話すことはない。

きの子の話によると、代々続く舞茸農家を当たり前のように一人娘のきの子が継ぐと思われていたらしい。きの子も小さい頃から舞茸栽培が好きだったし、自然と受け入れてはいたのだが、多感な思春期以降から次第にそのことに反発しだしたようだ。地元の農業大学を卒業した後から、両親との喧嘩が多くなってきた。他人に決められた道を歩んでいるように思え、閉ざされた世界の中で過ごしている現状に絶えられなくなったのだ。ついに、半ば家出のような形で新東京坂に上京してきたそうだ。

「憧れの大都会だよ。最初のうちは楽しかったんだ。できるだけ舞茸やキノコも生活から遠ざけるように、見ないようにしていたからね。でもさ、上京してから一年後くらいに久々に食べることになったんだ、舞茸を。それがさ……不味かった。こっちで出回っている舞茸って全然美味しくないんだよ。実家の旨味成分が凝縮された舞茸が普通だと思って育っていたから、愕然としたのよ。しかも、都会の人たちが、こんな薄い味の舞茸を美味しいって喜んで食べていて……」

そんなきの子は、徐々に、自分が無意識に考えているのは舞茸を始めキノコのことばかりだということに気づいていく。しかも、転職を繰り返すうちに、仕事は舞茸やキノコに関わる職種ばかりを自然と選ぶようになっていた。この株式会社ブラックホールに入社したのも、「舞茸栽培のプロ」の募集があったからだ。そんな募集は滅多にない。もちろん応募し、もちろん合格したのだ。

「遠くまで来て、やっと分かった。私、舞茸農家になりたいんだって。継ぐ、継がない、とかそういうのは関係なく、舞茸の栽培が天職だっていうのが分かったんだ」

「そうなんだ!」

「ワン!」

きの子はニコリと微笑んだあと、思い出したかのように顔を少し曇らせた。

「でもね、やっぱり会社の都合で辞めせさられるのは腹が立つよ。しかも、自分の舞茸栽培の技術を盗まれたようなものだしね」

「うん、それはとても分かる……」

きの子の立場が痛いほど美味には伝わってくる。しかし、きの子は曇った顔をまた明るくさせた。

「だけれども、私には未来があるんだ。会社のごく限られた中の舞茸栽培ではなく、実家に戻って、自分の農場で自分の思うがままに自然な環境で最高な舞茸を栽培するつもり。実家の舞茸農場は狭い世界なんかじゃない、可能性が無限大にある宇宙空間なんだよ! それにね、栽培方法の極意なんて、マニュアル化できない部分が多いんだよね。だから、私は舞茸栽培ロボにはできない最高の舞茸を作るよ――それに、『戻って来い』って何度も言われていたしね」

「戻ってくれて、ご両親は喜ぶね」

「……うん。両親だけじゃないんだよね。『戻って来い』って一番うるさかったのは、近所の幼なじみ……でさ」

きの子の顔が真っ赤になっている。この赤さは酔っているせいではない。

「彼氏さんだワン?」

「そうなのね? きの子さん!?」

きの子は赤い顔のまま「ウン」と小さくうなずき、栗ビールをゴクリと飲んだ。

* * *

週明けのまいたけ課である。

「きの子くん、聞いたよ! びっくりだよ!」

課長会議から戻ってきた舞田課長は、開口一番に発した。直属の上司なのだが、きの子が退職勧告されたことを知らされたのはこんなに遅くなってからである。

「まさか、きの子くんが会社を辞めるなんて考えてもみなかったよ」

違う。辞めるのではない。辞めさせるのだ。

「はぁ、そうですねぇ~。先週、社長ロボに解雇通告されましたぁ~」

すでに気持ちは新しい世界を向いて歩き始めているきの子は、気の無い返事だ。いかにも困ったような顔をしている舞田課長だが、どこか少しホッとしているような雰囲気もある。おそらく、自分が解雇通告をしなくて済んだという本音の部分もあると思われる。契約満了日前に、正当な理由なく解雇を言い渡すのは誰であれ楽しい業務ではない。

「えぇ!? それってぇ、やっぱり本当だったんですかぁ!?」

オリジナルのオレンジ色コーディネートの服装がすっかり板についた真音《まね》はどんぐりまなこをさらにどんぐりにさせている。すでにどこかで噂を聞いていて解雇の件を知っていたようだ。

「こんなに仕事ができるきの子さんが辞めさせられるのなんて信じられないですぅ!」

真音の眉間には、シワが寄っているが、口元は幾分笑っているようにも見えてしまう。そんな真音は、

「舞茸の栽培のことだけならプロのきの子さんが辞めさせられるなんて!」

とか

「色々と舞茸の雑用も気軽に頼めていて重宝していたのにぃ。いなくなるなんて困りますぅ」

とか言って話が止まらない。真音の独特の観点からきの子を評価する発言を繰り返しているのだ。

「……!」

そして、褒めているのだか貶《けな》しているのだが分からない真音の暴走発言を聞いているきの子のキノコカットは震えだし、いつものように毒キノコが爆発寸前になるのであった。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第8章 舞茸か獅子唐か(1)」、いかがでしたでしょうか?

むむむむむ。きの子さんの解雇、決定してしまいました。しかも解雇用ロボって、何てこと! 突然ロボに一言、解雇通告されるとは不愉快な話ですが、きの子さんには心踊る新しい道が見えているようで、何より。上司と同僚の微妙〜な会話、微妙〜な評価ともそろそろお別れとなると、やっぱり寂しい? 美味が寂しくなるのは、確かなことですね。ちょっとしんみりしながら、待て、次号!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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