甘辛天丼まいたけ課 第8章 舞茸か獅子唐か(2)

「寂しいですね」

「うん、寂しいよ」

「そぉねぇ……なんだかねぇ……」

きの子が退職した後のまいたけ課である。溜まっていた有給休暇の消化のため、本来の退職日よりも最終出社日はかなり早かった。未来に希望を持ったきの子は、株式会社ブラックホールにはもう未練がない。笑顔で退職していったのだが、残されたまいたけ課のメンバーの方がダメージを受けている。どんよりとした湿った雰囲気の居室で元気なのは、栽培されている舞茸たちだけである。

「きの子くんの後任は、マルコンに入力した舞茸栽培のノウハウを元に作られたロボットらしいよ。ふぅ……」

ため息とともに、特大ドーナツを飲み込んだ舞田課長は、口をモゴモゴさせながら話を続けている。

「そのロボットの正式名称は、『舞茸栽培家ロボット・キノコノコ-No.001』というんだって」

「長いですね。普段は、なんて呼べばいいんでしょう」

「略称は『ノコ』だって、課長会議で言っていたな」

その舞茸栽培家ロボットのノコはまだ完成していないそうである。配属はきの子の正式な退職日の翌日らしい。美味《びみ》は誰も座っていない隣の席を見つめた。

「あっという間でしたね」

整理されたその席は、すでに、きの子の痕跡は全くなくなっている。

「そうだなぁ……。退職が決まってから最終出社日まで1週間くらいだったものな」

舞田課長は、またもや「ふぅ」とため息をついて新しいドーナツを袋から取り出した。突然の別れが辛く、食欲が増しているのだろうか。特大ドーナツをイチダース買ってきて、次々と食べている。

「きの子さんはフクシャさんだから、いつ辞めさせられても仕方ないとは言え、突然過ぎますよねぇ」

真音《まね》でさえも、きの子が本当に辞めていってしまったという現実に、寂しさを感じているようである。そんな高湿度のどんよりとした空気が流れる居室で黙々と三人が仕事をしていると、

「トントン」

とまいたけ課の居室をノックする音が聞こえてくる。

「はい、どうぞ」

美味が声をかけると、すぐにドアが開いた。

「……!」

「……!」

「……!」

入って来た人物を見た美味たちは、目を見開き声にならない声を上げている。

「失礼、スルヨ」

その人物とは、株式会社ブラックホールの最高権威、黒穴《くろあな》社長!――ではない。どこか違う。話し方も挙動もどこかぎこちない。これは……!

「私ハ、黒穴社長ロボダ。私トノ会話ハ、録画・録音サレル事を事前通告ス」

黒穴社長にそっくりな社長ロボは、瞬きもせず、右から左へと美味たちを見た。

(ま、まさか……!)

美味の背中に悪寒が走る。この居室にいるのは、舞田課長と真音と美味の三人だ。しかし、舞田課長と真音の二人は丸社員であるので、簡単には解雇されない立場である。残るのは美味、一時的に雇用されているだけの使い捨て社員、一時《いっとき》社員の美味、なのである。

(きの子さんの次の解雇通告は私……!?)

美味の丸メガネの奥の目をさらに大きく見開いた。しかし、社長ロボの視線は、美味を通り越した。

(あれ……?)

その視線は、美味ではなく別の方向で固定されている。そして、社長ロボは、そちらの方へと歩き出した。舞茸柄のカーテンの方に向かっているのだ。

「あ、しゃ、社長、そのカーテンの先はししとう課ですが……!」

舞田課長は思わず立ち上がって社長ロボに話しかけた。しかし、社長ロボは舞田課長の制止を気にすることなく、

「ガラガラ」

と必要以上に大きな音を立て、舞茸柄のカーテンを左右に大きく開けてしまった。

「あら、どうしたのかしら?」

舞茸柄のカーテンの向こうには志藤課長がいた。今日は出社していたようである。自分のデスクに座り仕事に集中していたようで、驚いた顔をこちらに向けている。しかし、社長ロボを見ると、その顔が引き締まった。

「私ハ、黒穴社長ロボダ。私トノ会話ハ、録画・録音サレル事を事前通告ス」

志藤課長に対して社長ロボは先ほどと同じ言葉を繰り返した。

「えぇ、承知しました。ロボットとはいえ、社長自らご来訪くださるとは。ご用件はなんでしょう?」

社長ロボの凝視に負けないほど、志藤課長も力強い眼差しで黒穴社長を見つめ返している。先に視線を逸らしたのは社長ロボの方であった。社長ロボは、舞田課長の方に視線を移した。ずっと舞田課長を見ているが、たまに志藤課長に視線を移し、すぐに舞田課長の方を向く。ロボットとは思えない挙動不審な動きである。ロボットでさえも打ち負かす眼力を持つ女、それが志藤課長である。視線を何度も動かしながら社長ロボは口を開いた。

「ししとう課ノ志藤課長、まいたけ課ノ舞田課長ニ通告ス。コノ度、社長判断ニヨリ、天丼部ニ『しそ課』ガ新設サレルコトガ決定シタ。ソノタメ、天丼部ノ既存ノ課ガ1ツ廃止スルコトニナッタ。対象ハ、ししとう課、モシクハ、まいたけ課ノドチラカ1ツデアル。ドチラノ課ガ廃止サレルカハ、現在調査段階ナノデ決定ハシテイナイ。コノ件、責任者デアル志藤課長ト舞田課長ニ事前通告シタ。ドチラガ廃止ニナッタトシテモ、業務命令拒否ハ受ケ付ケナイノデ、ソノツモリデ」

そう言った後、社長ロボは、舞茸栽培については「舞茸栽培家ロボット・キノコノコ-No.001」があるので、まいたけ課が廃止されたとしても問題はないし、ししとう課に関しては、そもそも課長一人の課なので他の課と統合することは全く問題はない、といった内容を淡々と告げた。そして、

「デハ、コノ件ノ最終決定ハ、後日知ラセル」

と一方的に話を終わらせ、全ての質問を受け付けず居室から去っていってしまった。

「相変わらずの横暴ぶりね」

志藤課長は力強い眼差しを社長ロボが出ていったドアに向けたままだ。静かに怒っているのだ。対照的に舞田課長は汗だくになりながらまいたけ課の居室をウロウロと動き回っている。

「まずいぞ……まずい……」

「舞田くん、落ち着きなさい。まだ全て決まったわけではないわよ」

落ち着けと言われても落ち着けないのが舞田課長である。

「まいたけ課が廃止になるなんて……いや、でも、ししとう課かもしれないけど。でも、まいたけ課かもしれないし……」

社長ロボの言葉に衝撃受けているのは、真音《まね》も同様である。どんぐりまなこを何度も瞬きさせながら、

「まさか、まいたけ課が廃止通告を受けるなんてぇ……」

と言っている。他人事と思っていたことが、自らに降りかかってきているのに理解できないといった様子だ。一方、美味は、自分が解雇されると身構えていたのだがそうではなかったので、幾分肩透かしをくらったような気分である。舞田課長と真音よりも衝撃は少ない。

「どちらかひとつの課が廃止されるけど、代わりに、しそ課が新設されるってどういうことでしょう?」

確かに疑問である。なぜ、天丼事業が軌道に乗ったこの時期に部内が改編されるのだろうか。その回答をしたのは志藤課長であった。

「天堂さん、それはね、黒穴社長が『しそ天丼』を食べたからよ」

「へ?」

なぜ、しそ天丼が天丼部の二つの課の行く末を左右させる原因となったのか? 美味たけでなく舞田課長も真音もポカンと口を開いている。

「実は、黒穴社長が、なかなか予約が取れない有名店丼店『さく天』に行きたいという話が数週間前に耳にしてね。私の知人が店主をしている店だったし、たまたま予約枠がキャンセルになったのを聞いていたので、特別に頼んでその予約枠に社長の予約を入れてもらったのよ」

志藤課長は話すのをやめて、ドアに向けられていた視線をまいたけ課のメンバーの方に移した。

「それでどうしたんですか?」

美味が話の続きを促すと、志藤課長はゆっくりと口を開いた。

「それで、私が予約を代行したこともあって、気になってね。後から店主にどんな様子だったか聞いてみたの。店主が言うには、普段は常連客にしか出さないはずの裏メニューの『しそ天丼』のことを社長はどこからか聞いていたみたいで、どうしても出してくれと言って駄々をこねたらしいわ。仕方なく『しそ天丼』を提供したらしく、それを食べた社長はえらく感動した様子だったんですって」

「……それが原因なのかい? シトーちゃん?」

舞田課長の汗はひき、代わりに青ざめた顔色になっている。

「そう、多分。そのことがあって、独断で『しそ課』を新設する、代わりに他の課を廃止するって決めたのだと思う」

志藤課長が話し終えると、苛立った様子の舞田課長が握った両手で自分の太ももを何度も叩き、突然、大きな声を出した。

「シトーちゃんのせいだ! シトーちゃんが、社長のために『さく天』の予約をしたのがいけないんだ!」

「……そうかしら?」

椅子に寄りかかった志藤課長、静かにそう言うと、天井を見上げている。

「そうだよ! 廃止されるのは、ししとう課だよ!」

志藤課長はゆっくりと目を閉じ口を結んだ。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第8章 舞茸か獅子唐か(2)」、いかがでしたでしょうか?

きの子さん、本当にいなくなっちゃったんですねえ。きの子さんの新しい門出、本人がワクワク楽しみにしているのだから笑顔で祝ってあげないと。それでも寂しい美味であった……では終わらない、さすが株式会社ブラックホール、黒穴社長の気まぐれで、「しそ課」新設。何それ!? 廃止されるのはまいたけ課? ししとう課? なるほどそういうわけだったのか。今章のタイトルを噛み締めて百回復唱しながら、待て、次号!!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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