甘辛天丼まいたけ課 第8章 舞茸か獅子唐か(3)

「もうっ!」

怒りに顔を赤くした舞田課長は自分の席にドスンと腰を下ろすと、ドーナツを両手に1個ずつ鷲掴みにし、ムシャムシャと食べ始めた。激情を露わにする舞田課長に美味《びみ》と真音《まね》が目を奪われている間に、舞茸柄のカーテンは元のようにきっちりと閉められている。少し経ってから、恐る恐る美味が口を開いた。

「あのぉ……まいたけ課が廃止されるとなると、私たちはどうなるんですか?」

一時《いっとき》社員の美味はまいたけ課が廃止されるとともに解雇になる確率は高い。しかし、丸社員の舞田課長や真音を解雇するのは難しいだろう。

「僕の方が聞きたいよっ!」

仕事をする気をすっかり失ったらしい舞田課長は、もはや一人おやつタイムである。怒りとドーナツが止まらない。

「ヤだぁ。まいたけ課がなくなるなんて困りますぅ……だけど、廃止されるとしたら、私は穴子課に異動希望を出そうかなぁ~」

真音は、すでにまいたけ課が廃止される前提で先のことを考え出している。そんなたくましい真音を舞田課長はチロリと横目で見た。

「……ふぅん……そぅ……まぁ、僕だったら、海老課に異動希望を出すかな。僕のような有能な人物であれば役職は課長のままだから、海老沢部長が兼任している海老課の課長を僕に譲ってくれるんじゃないかな」

急に怒りが鎮まった様子の舞田課長はドーナツを手にしながら椅子の背もたれに寄りかかった。

「海老課の課長か……いいポジションだな……」

その夢想する顔は子供のようにあどけなく無防備だ。少し前までは、あんなにまいたけ課の廃止に憤怒していた舞田課長だが、真音同様、対応力に素晴らしく長けているようである。

「まぁ、ししとう課が廃止になって、まいたけ課が残ることになるとは思うけどね。でも、海老課の課長も……いいよな」

「私も異動するとしたら断然、穴子課ですぅ」

身勝手なことを言い出す丸社員たちは、下心からか妙な半笑いになっている。

(私はどうせ解雇されるんだろうな……)

美味はきの子がいなくなった隣の席を見つめ小さなため息をついた。

* * *

きの子が実家に帰る日が決まったという連絡が美味の元に入った。一度帰ったら、農場での生活が軌道に乗るまで、しばらくは新東京坂に来ることはできないらしい。是非、帰る前に家に遊びに来て欲しいという美味の誘いにきの子は二つ返事で了承した。

「お邪魔しまーす!」

「きの子ちゃん、いらっしゃいワン!」

きの子が来ることを楽しみにしていたマロンが走っていって玄関ドアを開けた。

「いらっしゃい!」

「お、素敵な部屋じゃない!」

掃除好きのマロンがいつも綺麗にしてくれている部屋には、すでにマロンが作ったランチやスイーツが並んでいる。

「うわっ! 美味しそう!」

「ワン!」

褒めらて尻尾を振るマロンにきの子は持参した紙袋を渡した。

「これ、実家から取り寄せた舞茸。自慢の舞茸だから、二人に食べて欲しくて。私が実家に戻ったらさ、これよりももっと美味しい舞茸を作って送るから、楽しみにしていてね」

「ワン!」

「わ、それは楽しみ! 期待しちゃうよ!」

三人は、マロン特製ランチを食べながら、始めは会社のことをあれこれ話したていたが、話は次第に会社から離れプライベートのことになった。きの子は、もちろん舞茸農家でのこれからのプランを話している。

「……という流れで舞茸栽培を進めて行きたいんだ。両親も賛成してくれててさ。まぁ、そのうちまた喧嘩もするんだろうけど、今ではそれも楽しみだよ」

ランチを食べ終え、食後のアイス泡コーヒーを飲みながら、きの子が微笑んだ。

「素敵だね……。私の『ライスワーク』も、計画立てながらやれたらいいんだけど、結構、その場の感覚で進めちゃってて」

きの子の話に刺激を受けた美味は、自身のライスワークに言及した。

「あ! 前にちらっと聞いていた『ライスワーク』? 創作活動は栽培と違うから計画なんて立てられないんじゃないかなぁ。まぁ、私、美術関係に疎いから分からないけど。ところで、『ライスワーク』って詳しくはどんなものなの?」

「すごいワン!」

美味の代わりに真っ先に答えたのはマロンだ。

「美味ちゃん、きの子ちゃんに作品を見せてあげてワン!」

マロンは尻尾を激しく振っている。

「うん! 見たい! 見せてよ!」

きの子も身を乗り出してきた。もちろん美味も見て欲しいし、今日はそのつもりだ。少し照れながら、

「じゃあ、見てもらおうかな……」

とさりげなく立ち上がると、作業部屋にしている別の部屋へと行った。すぐに戻ってきた美味は、虹リンゴ5個分くらいの大きさの立体物と指輪ケースくらいの大きさの小箱を1つ腕に抱えている。それをテーブルに置くと、大きい方の立体物を指差して言った。

「これが以前に私が作った作品のひとつ。この前、米田博士にも見てもらったんだ」

「えぇっ! これが『ライスワーク』っていうの!?」

「うん。現代米美術《げんだいこめびじゅつ》っていうのが正式名称だけど」

きの子は立体物を瞬きもせずにじっと見ている。

「これって……!? 『ライスワーク』というくらいだから……もしかして米粒……!?」

「そうだワン!」

照れる美味の代わりにマロンが誇らしげに答えた。

「どうやって作るの?」

「米粒を米で作った糊で張り合わせ、立体に仕上げていくの。表面を削って細かい表現をしていくんだ。保護剤は、米糠を原料にした透明ワックス。米100パーセントで出来ているんだよ」

その大きな立体物は、空に羽ばたく無数のペンギンたちの躍動感あふれる作品である。ペンギン100羽くらいはいるだろうか。小さなペンギンだが、どれも個性があり、表情豊かである。お米の白一色が、かえって、その繊細な表現力を際立たせている。お米の一粒一粒の繋ぎ目も良いアクセントだ。

「――すごい! すごいよ! こんな繊細な立体作品、初めて見た!」

「ありがとう」

きの子は立ち上がり、その作品を色々な方向から眺め「ほほぉ」と声を漏らしている。

「きの子ちゃん、ライスワークはお米でできているから、緊急時には非常食にしてもいいワン!」

「えっ!? 何それ!?」

「そうなの。あまり知られてないけど、現代米美術《げんだいこめびじゅつ》ってジャンルは、米で作った美術作品で保存食を兼ねたものを指すの。たまに失敗作をマロンと食べてみるけど、なかなか美味しいよ。ワックスをよく洗って取ってそのまま蒸すか、おかゆにするのがいいかな」

「本当に!? 緊急時に食べられる美術作品なんて! もぉ~、クレイジーで最高だよ!」

きの子は、赤いキノコカットを揺らし、お腹を抱えて笑っている。そんなきの子に美味は持ってきていた指輪ケースくらいの大きさの小箱を渡した。

「これ、開けてみて」

「何?」

きの子が小箱を開けてみると、中には、虹小豆一粒くらいの大きさのものが入っている。

「これって……もしかして……」

横からマロンがきの子に虫眼鏡を渡してきた。

「これを使うといいワン」

虫眼鏡を使いその作品を見たきの子が確信したように叫んだ。

「あ、やっぱり舞茸だ! ものすごくリアル!」

舞茸をモチーフにした小さなライスワークである。作品は小さいが微細な部分まで表現している。これは、視力が良く手先が器用な美味だからこそできる特異な技術なのだ。

「時間がなかったから、小さいものになったけど。これ、プレゼントしたいの」

「本当に、こんなに素敵なものもらっていいの!?」
「もちろんだワン!」

今日、きの子に渡そうと美味が作っていた作品である。きの子が実家に戻る日は美味は出勤日なので、見送りに行くことはできない。今日でしばらく会えないのだ。

「ありがとう、美味! マロンちゃんも、ありがとう! 大切にする! 絶対に非常食で食べたりしないからっ」

笑顔のきの子の目が少し潤んでいる。

「ワン!」

「こちらこそ、ありがとう。また会おうね、きの子!」

こうして、美味ときの子は再会を誓った。

* * *

きの子来訪の休日が明けた出勤日である。美味と真音がまいたけ課で通常業務をしていると、舞田課長が入ってきた。なんともいえない複雑な表情をしている。

「僕の部下たち、新しい社員を連れてきたよ」

舞田課長の後ろから誰かが続いて入ってきた。

「あ! きの子さん!」

「きの子さんだ!」

美味も真音も思わずそう言ったが、どこかおかしい。その人物は、居室内をぐるりと見回した後、無表情のまま口をパカリと開いた。

「初メマシテ。私、今日カラまいたけ課ニ配属サレマシタ『舞茸栽培家ロボ・キノコノコ-No.001』デス。略シテ『ノコ』トお呼ビクダサイ。ヨロシクオ願イシマス」

そう言いながら下げた頭は見慣れた赤いキノコカットだ。美味たちがきの子と間違えるのは無理はない。きの子そっくりなのである。髪型だけでなく顔つきや体型、服装もきの子に似せている。わざわざ、きの子と同じ容貌にしたとしか思えない。

「……よろしくぅ……」

「……よろしくお願いします」

美味も真音も初めてのロボットの同僚にどう対応したらいいか分からない。ノコは、空いている席に自ら座った。きの子の行動をプログラミングしているかのような行動だ。マルコンを勝手に起動し、早速、業務を開始しているようだ。舞田課長も美味も真音も仕事をしながらもチラチラとノコを盗み見ている。しばらくして、ノコがすっと立ち上がった。

「舞田課長、真音サン、天堂サン、今カラ、私、舞茸ノ生育状況ノ調査ヲ致シマス」

ノコは、カゴを手にするとまいたけ課の居室内にある舞茸ラボへと歩き出している。

「ノコくん……調査って一体……?」

舞田課長の声が耳に入っていないようだ。ノコは舞茸ラボから舞茸を収穫し始めた。

「あらぁ、その舞茸は試作用だから、まだ収穫しちゃダメよぉ」

真音が声をかけても、手を止めない。舞田課長も真音も話しかけはするがノコに近づこうとしない。遠巻きに見ているだけである。しゃがむ後ろ姿もきの子そっくりなノコに、美味は近づいていった。

「ノコさん……大丈夫ですか……?」

美味がそう言うと、ノコは立ち上がった。そして、美味の方をくるりと向いた。

「天堂サン、今カラ舞茸ノ調査ヲシマスネ」

少し笑ったように見えたが、次の瞬間、カゴいっぱいになった舞茸を掴み出すと、そのまま口の中に放り込み始めた。

「な、何をしてるんだ!」

焦った舞田課長が席から立ち上がった。しかし、ノコは食べるのをやめない。舞茸を次々に口の中に入れる。しかし、ロボットなので消化器官などの内臓は何もない。口の中で行き場を失った咀嚼され切れ切れになった舞茸が、ノコの口の中からこぼれて床に散らばった。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第8章 舞茸か獅子唐か(3)」、いかがでしたでしょうか?

ペンギン100羽や小さな舞茸を米100%で精巧に再現。しかも非常食にもなる。現代米美術、クレイジーでワンダフル! きの子さんの言う通り。いや〜実物を見てみたいものです。そしてきの子さんといえば、新しい夢の舞台・実家の舞茸農場へ向かっていったばかり。なのに、突如現れたきの子型ロボット、ノコ。いつの間に完成していたんでしょう。ノコをわざわざ作ったんだからまいたけ課はなくならない? それともノコがいるからまいたけ課はもういらない? というかノコ、様子がすごく変だけれど、大丈夫!? 舞茸で秋の味覚を楽しみながら、待て、次号!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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