甘辛天丼まいたけ課 第8章 舞茸か獅子唐か(4)

「ノコくん、やめなさい! これは上司からの業務命令だ!」

席から立ち上がった舞田課長が叫んだ。すると、ピタリとノコの動作が止まった。

「業務命令? 業務命令ハ……業務命令デ……解雇通告ハ業務命令デ……」

噛み砕かれた舞茸を口からこぼしながら、ブツブツと繰り返し同じ言葉をつぶやいている。そして、ノコは自分の席に戻り、カゴを机の上に置くと背筋を伸ばして椅子に静かに座った。

「承知シマシタ。業務ヲ終了シマス」

沈んだような音声を発し、凍ったように動かなくなってしまった。

「ノコさん! ノコさん!?」

美味《びみ》が話しかけても応答しない。

「まずいぞっ、社長室が作ったロボットが壊れてしまった!」

舞田課長の額から汗が噴き出している。

「ノコさん、起きなさいよっ! 業務時間内に居眠りなんて、きの子さんすらしていなかったわよぉ」

真音《まね》がプンと怒ったような顔でノコを睨んでも何も反応はない。舞田課長はますます汗だくになっている。

「ぼ、僕たちは何もしていないよね? 勝手に壊れたんだよね……?」

その時、まいたけ課のドアがノックされた。それと同時にドアが勝手に開き、中にドヤドヤと人が入ってくる。それは、黒穴社長たちである。数えると社長は七人いる。その中の一人が話し出した。

「私タチハ、故障ロボット回収用ノ黒穴社長ロボダ。『舞茸栽培家ロボ・キノコノコ-No.001』ガ誤作動ヲ起コシタノデ回収ニ来タ。修理ヲスルノデ、再配属サレルマデ、シバラク待ツヨウニ」

別の社長ロボが続いて話し出す。

「舞田課長、誤作動ノ原因ヲ『ノコ』ノ前任者ニ問イ合ワセテ、社長室内ロボ管理係マデ報告スルヨウニ」

そして、七人全員で、

「デハ」

と声を揃えると、微動だにしないノコを全員で持ち上げ、居室から運び去ってしまった。

「……全部、見ていたんですね……」

「社長ロボと同様、ノコくんにも監視装置がついているのだろうな……。ま、僕たちが壊したのでないのが分かったのは良かったけど……」

「これからはノコさんの前では発言を注意しなきゃいけませんねぇ。なんだか、やりにくいですぅ。きの子さんなら、思い切り言いたいこと言えたのにぃ」

舞田課長も真音も美味も、全員がノコの衝撃的な配属デビューに疲れを感じている。

「今、社長ロボが、前任者のきの子くんに連絡をとって誤作動の原因を教えてもらえって言ってたよね。困ったなぁ。僕、きの子くんの連絡先知らないよ」

「私も知りませんよぉ」

犬猿の仲であった真音が知らないのは当然だ。舞田課長の視線は美味に注がれている。

「天堂くん、きの子くんと仲良かったよね? 連絡先、知っているよね?」

教えるのが当然だ、といった口調である。美味は咄嗟に返答していた。

「いえ、私、きの子さんとは会社内だけ仲良くしていてプライベートの付き合いはないんです。だから連絡先も知りません」

嘘も方便、である。

「そっかぁ、じゃあ、シトーちゃんに聞くしかないかなぁ。嫌だなぁ~、シトーちゃんと話すの」

志藤課長は、社長ロボがまいたけ課かししとう課のどちらかが廃止されるという予告をしに訪れた日から姿を見せていない。たまには出社しているとは思うが、気配がないのだ。美味は、きの子が実家に帰る日に、志藤課長が有給休暇を取って見送りに来てくれたという話をきの子から聞いている。もちろん志藤課長はきの子の連絡先を知っているはずだ。

(志藤課長は言わないだろうな、きっと)

美味は口を閉ざしマルコンに向かうと、気を取り直し業務を再開した。

「――ということなのよ。きの子に髪型も服装もそっくり真似しているノコさんが暴走するのがシュール過ぎて、衝撃的だったの」

その日の退社後、自宅のマルコンの画像通信で今日のノコ事件を美味はきの子に早くも話していた。

「何それ! 笑える! 笑うしかないっ」

実家に戻り、屋外での作業時間が増えたせいか、ほどよく日焼けして健康そうになったきの子がマルコンの中で笑っている。

「でさ、そんな暴走した原因がきの子にあるんじゃないかって、そんな失礼なことを社長ロボが言い出すんだよ」

「あははは! それなら、もしかして、たまにこっそり舞茸の試食をしていたことが原因なのかなぁ。でも、生では食べてないし、もちろん、そんなことはマルコンの栽培記録に残していないけどね」

「おかしいね」

「おかしいワン」

美味の横で話に加わっていたマロンも首を傾げている。そんな二人を見て、きの子は含み笑いをしながら言った。

「確かに、原因は私かもよ。……そう、原因は私の『恨み』なんじゃない? ふふふ……人の念っていうのは一番厄介だからねぇ~」

美味とマロンにもその含み笑いが伝染している。

「そっかぁ、じゃあ仕方ないね」

「仕方ないワン!」

* * *

結局、舞田課長は志藤課長からもきの子の連絡先を教えてもらえなかったようで、社長室内ロボ管理係には連絡先不明という報告をしたらしい。さすがに解雇した末端の副社員についてそれ以上追求することもできず、原因不明の故障の修理に時間がかかっているようだ。きの子の席――ノコの席は、空いたままである。

「なんだか、スッキリしないなぁ。全てが宙ぶらりんだ」

舞田課長がため息混じりに言った。ノコの件だけではなく、まいたけ課かししとう課か、どちらが廃止になるかがまだ決定されていないからである。心が晴れないのは、美味も真音は同じである。

「早く決めて欲しいよね。もったいぶっちゃってさ。はい、真音ちゃん、回覧板、先に読んで」

ドーナツを食べるのに忙しい舞田課長から渡された回覧板を真音はすぐに開いた。

「そぉですよねぇ……。あ、今回の回覧板に穴子課の如呂田《にょろだ》さんが載っていますぅ!」

穴子課の紹介の記事が掲載されていて、写真入りで如呂田のインタビューが出ているようだ。真音は食い入るように読んでいる。

「へぇ、そぉなんだぁ」

回覧板を見ている真音の頬はピンク色に染まり、相槌を打つようにつぶやいている。

「ふぅん……ほほぉ……」

しばらく、ブツブツ言いながら読んでいたが、急に、

「えっ……!」

と驚きの声をあげた。思わず美味が顔を上げると、真音は目を大きく見開き、固まったようになっている。

「……如呂田さんが……スピード結婚!? 社内恋愛? 芋課の一時社員の大芋さんと……!?」

真音の顔が見る見るうちに蒼白になっていく。瞳も潤んでいく。しかし、回覧板から目を離さない。

(やっぱり、あの二人、そうだったんだ)

美味は思い出していた。以前、新東京坂駅のホームで見かけた二人から発せられていた柔らかで親密な雰囲気を。

美味は、そっと真音から視線をそらした。しばらくして「ズズズ」と鼻をすするような音が聞こえてきた。そのすぐ後に真音が静かに立ち上がったようである。

「……私、別室の舞茸ラボに作業に行ってきます……」

何も持たずに真音は居室を出ていってしまった。

「あれぇ、真音ちゃん! 別室の舞茸ラボの作業って、さっき終わったって言ってなかったっけ?」

真音にとっての衝撃的な瞬間に居合わせながら、何も気づかない舞田課長に、美味はさりげなく言った。

「真音さん、やり残した作業があったらしいですよ。結構、時間かかるって言っていました。今日は終業時間までかかるんじゃないですかね」

嘘も方便、である。

「あれぇ? そんなこと言ってたっけ?」

「回覧板、先に読ませてもらいますね」

美味は、真音が置いていった回覧板を手に取り開けた。如呂田の記事が掲載されていて、やはり大芋との結婚のことも触れられている。真音のことを思い、何とも切ない気持ちになりながらページをめくると、薔薇のイラストで囲まれた記事が目に留まった。海老沢部長の記事である。美味は、真音のことから話をそらすために、その記事について舞田課長に話し始めた。

「舞田課長、海老沢部長が載っていますよ。『社内のスリム化の促進』ってタイトルで寄稿してます」

「え、何それ?」

スリム化、その言葉の持つ嫌な響きを感じながら、美味は記事を口に出して読んだ。

「全社的に無駄を省くため、先駆けて我が海老課は、一時社員と副社員の計画的整理、また、一時的に丸社員の増員停止をする――らしいです」

きの子の解雇も「スリム化」の一端と言える。

「ということは……まいたけ課が廃止された場合、僕の海老課への異動は……?」

舞田課長は「丸社員の増員停止」に反応しているようだ。

「ここには、『しばらくは他の課からの異動の受け入れもしない』って書かれていますね」

「何てこった!」

舞田課長は、舞茸そっくりの頭を大仰に両手で抱えた。真音に続いて舞田課長まで、今回の回覧板の記事に衝撃を受けている。美味が困った顔で舞田課長を見つめていると、

「トントン」

とドアをノックする音が聞こえた。すぐに、まいたけ課のドアが開く。そのドアのノックの仕方、ドアの開け方は昨日のノコ事件の時と同じだ。嫌な予感が美味の心に沸き立つ。

「失礼スルヨ」

その予感通り、ドアを開けて入ってきたのは、黒穴社長ロボだった。早く来て欲しかったが、永遠に来て欲しくもなかった。しかし、ついに、来てしまったのだ。

「社長、お待ちしてましたわ」

美味がその声の方向を向くと、いつの間にか開かれた舞茸柄のカーテンの向こうに、トレードマークの緑色のスーツを着た志藤課長が堂々と立ち上がってこちらを見つめている。

「しそ課新設ニ伴イ、ししとう課、まいたけ課、ドチラガ廃止ニナルカ決定シタノデ、報告ニ来タ」

社長ロボがそう言うと、居室内が異様な静けさに包まれた。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第8章 舞茸か獅子唐か(4)」、いかがでしたでしょうか?

ノ、ノコさん、来た途端に誤作動で回収されてしまいました。きの子さんの勤務時のストレスがどこかに溜まっていたかのよう。とすると、黒穴社長にだって何かしらのストレスはあるはず、いつか社長ロボもおかしなことをし始めるのか。というか、すでに十分おかしい!?
いやいやそれより、舞茸か、獅子唐か、いよいよ結果が言い渡される! 丁か半か、予想をしてドキドキしながら、待て、次号!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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