株式会社ブラックホールの各部署に配属された全てのロボットたちが自主的に「退職」してしまった。つまりは自己都合による退職ということなのだが、どのロボットも退職理由を告げずに壊れてしまった。回収されたロボットたちを調査してみても壊れた原因は判然としない。しかも、どのロボットも修理不可能な致命的な損傷を起こしている。もちろん、まいたけ課に配属されたノコも同様な状態であった。
「いやぁ、ノコくんを壊したのがまいたけ課がじゃないって分かってもらえて本当に良かったよ」
濡れ衣を着ないで済んだ舞田課長は今日ものんびりとドーナツ片手に仕事をしている。
「全然良くないですよぉ~。すごぅく困ってますぅ。舞茸ラボの作業で大変ですよぉ~」
朝から真音《まね》は機嫌が悪い。それもそのはず、業務のスリム化として人員整理をし、その補充として配属されたのがロボットだ。そのロボットたちがいなくなったのであれば、残った社員たちの業務量が一気に増えるのは当然である。
「また新しいロボットが配属されたりしませんよね?」
マルコンで作業をしながら美味《びみ》は舞田課長に聞いてみた。
「それがさ、黒穴社長のロボット熱は冷めていないみたいなんだよ。それどころか、さらにヒートアップしていて、今までよりも高性能なロボットを作ろうとしているらしいんだ。それには、まず何が原因でロボットたちが一斉退職したかを社長室が調査するんだってさ。壊れたロボットからは情報を得られなかったから、別の方面から調査するらしいよ」
ロボットを新たに作り直すには、コストも時間もかかるらしいが、それでも作ろうとしているようだ。人員整理でスリム化しても、ロボット開発で多額の経費がかかってしまっている。それでも、ロボット開発は進行する。社長の意向は絶対だからだ。
「しかし、本当に何が原因だったのかなぁ~。不思議現象だよねぇ」
舞田課長はそう言うと新しいドーナツを袋から取り出した。
* * *
「……て、そんな感じらしいですよ」
昼休みに米部米課へ弁当を食べにきている美味が、米田博士と海老郎に例のロボットの話題をしている。
「確かに、黒穴社長は、まだロボットを作ろうとしているらしいな。以前、私がロボットを作ることよりも現職の社員たちを大切にして欲しいと提言した時は、『分かった』と了承したような素振りだったのだが。やはり聞く耳を持たなかったようだ」
お米のような形の顔を曇らせながら米田博士はそう言った。
「しかし、なんで全員が同じ時間に壊れたのか謎ですよね。社長室も調査に乗り出すっていうし。そういえば、この前、穴子課の如呂田《にょろだ》課長と立ち話したときに、もしかして、システムネットワークの影響の可能性もあるのでは……と言っていました」
その話を聞いた米田博士の箸の動きが止まった。
「美味くん、如呂田くんはその事について詳しく美味くんに話したのかい?」
「いや、聞いてないです。『どういうことですか?』と尋ねてみたら、『あ、そんなことはないですよね、僕の勘違いです』とはぐらかされました」
「そうか……」
安心したように米田博士は弁当を再び食べ始めている。そんな博士を見た海老郎《えびろう》が、
「博士、如呂田くんなら大丈夫だよ。気づいても言わないよ」
とマルコンの合成音声で話しかけた。
「そうだな、海老郎。米部米課に在籍していた頃から如呂田くんは信頼できる人物だったものな」
海老郎の方を向いて米田博士は首を縦に振った。同意したように海老郎もハサミを3回鳴らしている。
「どういうことですか……!?」
二人の意味深なやりとりの意味が美味には全く分からない。
「いや、その……」
不思議そうな顔の美味に見つめられ、米田博士は困ったように眉を八の字にしている。
「博士、美味ちゃんだったら、話してもいいんじゃない?」
「うむ……」
しばらく逡巡してから米田博士は口を開いた。
「美味くん、実は……」
米田博士が美味に語ったのは、重要な極秘情報だった。ロボットたちが一斉に退職――壊れた理由は、米田博士と海老郎、それに100人の小米田《こよねだ》たちが関係していたのである。
「美味くん、会社が監視しているマルコンの公式ネットワークとは別に、米部米課が開発した独自の裏ネットワークについては知っているだろう? 会社側には今も秘密にしているネットワークだ」
「はい、以前、赤ちゃんブラックホール事件の時に開発したものですよね。もちろん知っていますし、誰にも話していません」
「うん。美味くんは如呂田くん同様、信頼できる人物だな。その米部米課の独自の裏ネットワークでの操作が今回のロボットたちを一斉に破壊した原因なのだよ」
「え!? 本当ですか!?」
衝撃的な告白に美味は弁当のおかずの黒エリンギの苺煮を箸から落としてしまった。
「実は黒穴社長は米部米課もスリム化とロボット化の対象にし始めてね。半数の小米田くんたち50人が早期退職を迫られたり、今まで携わった仕事とは無関係な部署への異動を迫られたりしだしたのだ。しかも、こちらに断りもなしに50人の小米田ロボットも作成しているというのだよ。私は、どんな手段を使ってでも私の部下たちを守らなければならない、その思いは海老郎も同じだった」
話しながらその時のことを思い出したようだ。米田博士の顔が赤飯のように赤くなり険しくなっている。
「それで僕たちは裏ネットワークからハッキングして制作途中の小米田ロボットのシステムを破壊したんだ」
海老郎の合成音声が続きの説明をした。
「そんなことがあったんですね……。すごい……」
心から感心した美味がそう言うと、少し落ち着いた米田博士が説明を再開した。
「だがな、美味くん。我々のターゲットは制作中の50人の小米田ロボットたちだけだったんだ。しかし、なぜか稼働中のロボットにも影響が出てしまい壊れていしまったのだ」
「美味ちゃん、僕たちは、ゆくゆくは全てのロボットを停止させたいとは思っていたんだけどね」
「もしかして、ロボットたちは人間たちが感知できない次元で連動しているのかもしれない……私たちもいまだに解明できていなんだよ」
ということは、一斉にロボットたちが退職した本当の理由は、米田博士や海老郎にも分からないということである。そうだとしても、美味には、ひとつ疑問が残る。
「偶然に退職――破壊になったとしても、ノコさんが最後に勝手に電源が入って私に『天堂サン、今マデ、アリガトウゴザイマシタ。私、退職シマス』って言ったのって、米田博士たちが何か特別にしたからではないんですか?」
ノコのあの最後の笑顔と言葉を美味はずっと気になっていたのだ。
「美味ちゃん、僕たちは何もしてないよ」
「以前聞いたノコくんのことだね、美味くん?」
少し間をおいて、米田博士は静かに言った。
「美味くん、もしかして……ノコくんやロボットたちは本当に退職したかったのかもしれないね」
退職したかったロボットたち――美味は電源が切られてうつむいて座るノコの後ろ姿を思い出した。
(ノコさん、もう会えないんだな……)
急に寂しさを感じだした美味を海老郎が敏感に察知したようだ。明るい声色の合成音声で話しかけてきた。
「ところで、美味ちゃん。僕たち米部米課はいつも通りだけど、ロボットがいなくなった部署は急に人員不足となって大変でしょ?」
「うん、穴埋めで業務量が増えていて、私もなんやかんやで仕事が増えちゃってるよ。最近は残業が多くて大変!」
「残業してしまうと、ライスワークの時間が少なくなってしまうな」
「そうなんです……それが悩みでトホホです」
「美味ちゃんのライスワーク、素敵だよね。僕は、美味ちゃんのライスワークの大ファンだよ!」
海老郎がハサミを3回鳴らした。
「もちろん私もだよ」
負けじと米田博士も身を乗り出してくる。
「ありがとう。海老郎、米田博士」
やっと和やかな雰囲気に戻り、歓談しながら弁当を食べていたが、ふと米田博士が何かを思い出しようだ。
「あ、美味くん。まだ秘密なのだが、まいたけ課に新入社員が配属されるらしいという話を聞いたよ。どんな人物なのかは分からないが」
「この時期に? ロボットではなく新入社員がまいたけ課に配属……?」
米田博士が言った何気ない言葉が、美味の心に醤油タレのような疑問をポツンと一滴落としたのであった。
* * *
結局、社長や社長室はロボットの一斉退職の理由を突き止めることはできず、すぐにその件は過去の話となっていった。そんなある日のことである。
美味が廊下を歩いていると向こうから華麗なステップを踏みながら近づいてくる人物がいる。それは、年季の入った王子様の顔と雰囲気を併せ持つ天丼部の部長であり、海老課の課長でもある海老沢部長である。
「あぁ、久しぶりですね」
長い足で器用にステップを踏んでやってきた海老沢部長は、美味の前でくるりと見事に一回転をした。そして、スムーズな動きで胸ポケットから薔薇を一輪抜き取ると、美味に差し出した。
「あ、ありがとうございます。お久しぶりです、海老沢部長」
差し出された薔薇は受け取るしかない。美味は、真紅の薔薇を手にして、頭を下げた。
「まいたけ課の天堂さん……でしたよね。あなたの超立体画像の編集は、素晴らしいですね」
キラキラと輝くような笑顔で褒められた。赤ちゃんブラックホール事件から海老沢部長に不信感を抱いていた美味だが、その優しげな表情と褒め言葉に気持ちも和らいだ。
「そう言っていただけると嬉しいです」
海老沢部長は一流モデルのように片方の足を前に出した体勢になり腰に手を当てると、長く美しい髪をたなびかせるように顔を傾げた。
「本当に素晴らしい」
切長の瞳をさらにクールに細めて美味を見つめている。そして、
「本当に素晴らしい。是非、その素晴らしい技術をマニュアル化して頂きたいのです」
と言った。
「え? マニュアル?」
突然の話の展開に美味は思わず丸メガネのテンプルを何度も触ってしまっている。
「そう、私、海老沢からの直接のお願いです。天丼部の部長である私からの」
強調するようにそう言った海老沢部長は、頭をゆっくりと反対側に傾げ、顎を少し突き出した。上から見下ろすような視線を美味に向けている。笑っている、いや、嘲笑っているように見える。
「はぁ」
曖昧な返事をする美味に海老沢部長は、
「では。失礼」
と言い、薔薇の香りだけ残して行ってしまった。
(マニュアルって……解雇通告前のきの子にされたのと同じ指示だ……)
美味の心には苦い味が広がっていた。
* * *
美味が海老沢部長に廊下で会った次の日である。朝から、舞田課長がそわそわと落ち着きがない。美味が視線を感じて舞田課長の方を向くと、途端に顔をそむけるのだ。しかし、しばらくして、また美味は舞田課長の視線を感じる。そして、見ると視線をそらす。それが何度か続き、ついに美味は舞田課長に言った。
「舞田課長、私に何か言いたいことがあるんでしょうか?」
「え、あ、ないよ……いや、ある、うん、ある」
両肩を持ち上げ、怒られた子供のような舞田課長は、「ごほん」と空咳をしてから、口を開いた。
「天堂くん、実は、お願いがあってね。立体画像編集のマニュアルを作って欲しいんだ……って、これは僕がお願いしている訳でないよ……それは」
「海老沢部長ですか?」
その件についてはすでに知っているので美味にダメージはない。
「え、知っているの!?」
ホッとしたような舞田課長は、
「じゃあ、やってくれるよね」
と早合点している。おそらく、業務のマニュア化の依頼が何を意味するかを舞田課長も気づいているはずだ。昨日から美味が心に味わっている苦い味がさらに苦くなった。
「いや、その依頼を引き受けるか受けないかのお返事は、一時《いっとき》会社からしてもらおうかと思っています」
「え?」
一時社員を仲介する管理会社の一時会社は、所属する一時社員からの要望やクレームも対応することになっている。しかし、「なっている」だけで、実情は違う。ほとんどの要望やクレームは揉み消され、就業中の会社に伝わることはない。美味もそのことを知っているので、ほぼ全てのことは自分で解決してきた。しかし、今度ばかりは、正式なルートで伝えたい。なぜなら、解雇通告前のきの子は、舞茸栽培のマニュアル化の指示を受けていた。ということは、美味も解雇される可能性が高いということだ。そんな状況であるならば、それに対して自分の意見を公式に伝える必要がある、そう美味は思ったからだ。
「そういうことなので、お返事はしばらく待ってください」
美味がそう告げると、舞田課長は何も言わず美味から視線を外した。
(つづく)
(作・浅羽容子)
<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟
浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 最終章 さようなら、まいたけ課(4)」、いかがでしたでしょうか?
美味のお弁当のおかず、黒エリンギの苺煮が気になります。のは、置いといて、ロボットたちの謎の連動とノコの最後の言葉、と謎だらけ。その上、株式会社ブラックホールの超ブラック担当・KusoGGの海老沢部長から「超立体映像のマニュアル化」を打診されるとは何と不穏な……次回いよいよ最終回、『甘辛天丼まいたけ課』、ブラックな予感も大切に黒エリンギのようにイチゴで煮つつ、待て!
ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。