法眼和尚の答え 4/5話(出典:碧巌録第七則「法眼答慧超」)

雪竇和尚はこのエピソードに対して次のようにコメントしました。

春一番が吹かなくたって、春になれば鳥たちは冬ごもりをやめて動き出す。

既に魚は登龍門を越えて龍になってしまったというのに、真夜中の川辺で必死に水をさらっているアホがおるぞ!

さすがは雪竇和尚、法眼和尚の駆使するテクニックを自らのものとし、冒頭のエピソードで質問者である慧超さんが何を悟ったのかもとっくにお見通しというわけですね。

だからこそ、端的過ぎてかえって難解な問答に対しても、端的でありながらズバリとポイントを押さえたコメントができるのでしょう。

慧超さんが質問し、法眼和尚が答えた様を、雪竇和尚は「春一番が吹かなくたって、春になれば鳥たちは冬ごもりをやめて動き出す」と表現しました。

これを「ああ、これはあれだね。「オマエは、慧超じゃないか」という部分が「春一番が吹かない」という意味だね。」とか、「「鳥たちは冬ごもりをやめて動き出す」というのは、最近の仏教ブームで各地で問答が盛んなことを言っているんだよね。」などと二句に分解して解釈していたのでは、永遠に「春風」は吹きません。
このコメントは、二つあわせてひとつの句なのです。

とは言ったところで、所詮「言も語も真実を言い尽くせない」ことに変わりはないのですけれどもね。

「「仏」とはいったい何なのでしょうか?」という質問に対し、「オマエは、慧超じゃないか」と答え、雪竇和尚は「春一番が吹かなくたって、春になれば鳥たちは冬ごもりをやめて動き出す。既に魚は登龍門を越えて龍になってしまったというのに、真夜中の川辺で必死に水をさらっているアホがおるぞ!」とコメントされました。

もしこれが何のことか理解して自分のものとすることができたなら、ひとり悠々とアカネ空の下を歩き去ってよし。

逆に、ここでつまらぬ理屈をたてるなら、二千四百億年経っても悟りは得られないでしょう。

―――――つづく

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