雪竇和尚はこのエピソードに対して、次のようなポエムを詠みました。
優しく手をさし伸べてくれたって、断崖絶壁のごとく取り付く島もない。
本体だとか現象だとか、分けたところで何の意味もない。
クリスタル製の古い宮殿上に満月がこうこうと輝けば、名犬の誉れ高い韓盧も駆け上がりたい衝動を抑えきれない。
曹洞宗では教化の手法として「出世」と「不出世」、「垂手」と「不垂手」という分類があります。
もし「不出世」、つまり人付き合いを絶って一人で真理の探究を続けるならば、その眼は蒼穹の高みを見るでしょう。
もし「出世」、つまり大衆の中に入っていって教えを説いて回るなら、頭から灰をかぶって顔は泥だらけのヨゴレ役となるでしょう。
「蒼穹の高みを見る」のは雪竇和尚が詠うところの「断崖絶壁」、「頭から灰をかぶって顔は泥だらけのヨゴレ役」は「優しく手をさし伸べる」と同義です。
ある時は灰をかぶって泥だらけの顔のまま断崖絶壁の上に立ち、またある時は断崖絶壁の上に立ちながらやることなすことヨゴレ役。
賢明なる読者の皆さんなら既におわかりかと思いますが、街で説法するのと山奥で真理の探究を続けるのとは、実は全く同じことなのです。
真理の本体を直接悟ることと、様々な現象を識別・分析することは決して二通りのことではないのです。
故に、雪竇和尚は言いました。
「優しく手をさし伸べてくれたって、断崖絶壁のごとく取り付く島もない」、また、「本体だとか現象だとか、分けたところで何の意味もない」、と。
つまりこれらは洞山和尚の「やり口」を解説しているのです。
また、続けて「クリスタル製の古い宮殿上に満月がこうこうと輝けば、名犬の誉れ高い韓盧も駆け上がりたい衝動を抑えきれない」と言ったのは、質問した僧が洞山和尚の発した言葉を追ってしまったことを指しています。
―――――つづく
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