徳山和尚と潙山和尚 5/5話(出典:碧巌録第四則「徳山挟複子」)

このコーナーの解説でも書かせていただいたように、この「碧巌録」という書物は、私の師匠の雪竇重顕氏が、『景徳伝燈録という先師たちの生き様の記録千七百話の中から百話を選び出し、それに頌古という韻文を加えたもの』を元ネタにしているのですが、雪竇和尚はそういった昔話によく通じていただけでなく、恐らく独学で身につけたと思われる文才があり、さらに頌(=ポエティックなコメント)をつける時は必ず弟子たちの前でお香を焚く儀式をするなどの演出を欠かしませんでしたので、当時おおいに世間の評判になっていました。

さて、雪竇和尚はコメントの中で徳山和尚を李広将軍になぞらえていますが、李広将軍というのは今から二千年以上前に活躍した弓の名人です。

彼は皇帝から飛騎将軍として匈奴の征伐を命じられましたが、ある時、敵地の奥深くまで攻め入った際に匈奴の首領である単于に捕らえられてしまいました。

既に傷だらけだった彼は死んだふりをして倒れていましたが、匈奴の兵が良馬に乗って通りかかるのを見るやいなや飛び起きて兵を突き落とし、弓と矢をひったくり、馬を奪って一目散に逃げ出しました。

匈奴はすぐに追手をさし向けましたが、李広は追いかけてくる匈奴の将軍たちを次々と射落とし、無事に逃げおおせることができたとか。

徳山和尚が潙山和尚の弟子たちが大勢いる講堂に入り込んで問答をしかけた上で無事に逃げだせたことにかけているわけですね。

昔の高僧たちの覚悟は徹底していて人を殺しても瞬きもしない程でしたが、今どきの人たちときたら初めのうちこそ立派な禅僧らしく振る舞っていても、ちょっとキツめにツッコまれると腰砕けになってしまうというのですから困ったものです。

ところで潙山和尚はまんまと徳山和尚に逃げられてしまったのかというとさにあらず。
実は逃しはしなかったのです。

どう見ても無事に逃げおおせたようでありながら、実は逃げ切れていないという。

それを雪竇和尚は「山の頂上で草むらに座り込む」と表現したわけですが、その上で最後に喝を入れています。

賢明なる読者の皆さま、「なにがなんやらサッパリわけがわからない」ということでしたら、ここはひとつ今から三十年ばかり研究してみられてはいかがでしょうか。

<徳山和尚と潙山和尚 完>

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