東西南北 3/3話(出典:碧巌録第九則「趙州東西南北」)

雪竇和尚は今回のエピソードに対して次のようなコメントをつけました。

裏のある質問で勝負しようとしたところで、お釈迦様の眼は全てお見通しなのだ。

オマエが鉄球をきりもなく振り回して東西南北の門を叩き続けたところで開くことはないだろう。

今回質問をした僧は、なんでもないような日常会話の中に自分が真剣に悩んでいる問題を込めてきたわけですが、趙州和尚は向かってきた相手の目玉を一瞬で取り替えてしまうほどの達人ですので裏切らずに真正面から答えました。

一見トボケた対応のようですが、これこそが達人のワザなのです。

かつて異教徒が雀を握ってブッダに問いかけました。
「この手の中にある雀は生きているでしょうか? それとも死んでいるでしょうか?」

ブッダは部屋の敷居をまたぐと言いました。
「さて、私はこの部屋を出るでしょうか? それとも入るでしょうか?」

それを聞いた異教徒はグウの音も出ずに降参したということですが、今回の問答はこの話によく似ていると私は思います。

これまでに何回も申し上げましたが、「問いは答えの中にあり、答えは問いの中にある」のです。

今回質問した僧は、あえて人とも場所とも取れるような聞き方で勝負を挑んできましたが、趙州和尚は質問者の魂胆を見抜いていたのでマバタキひとつせずにさらに上位の次元で回答したわけです。

お釈迦様の眼は「金剛眼」と呼ばれ、四千キロメートル離れたところにある毛先を見分けるだけでなく、正邪、得失までひと目で正確に見定めて、その場に最もふさわしい行動を指し示します。今回の趙州和尚の返答は、まさしく「金剛眼」のハタラキといってよいでしょう。

雪竇和尚は「東西南北の門はオマエが鉄球を振り回したところでぶち開けられない」と言いましたが、無限にやってよいというのであれば門が開くまでやればよいだけのこと。「開けられない」というのはちょっと違うような気がします。

さて、読者の皆さんならこの「門」をどうやって開けますか?

妙案あれば、ぜひご教示くださいませ。

<東西南北 完>

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