保福和尚の「シュメール山頂」 1/2話(出典:碧巌録第二十三則「保福妙峰頂」)

保福和尚と長慶和尚の二人が山歩きをして、頂上付近まできた時の会話です。
保福和尚は前方の山頂部分を指さして言いました。

保:「ほら見てごらん! あれこそがシュメール山の山頂だよ!!」
長:「いや、そりゃそうなんだけど、なんとももったいないなぁ・・・」

後になってこの話を聞いた鏡清和尚は、次のようにコメントしたとのことです。

鏡:「なるほど、流石は長慶兄さんだ! もしそこで兄さんがツッコまなかったら、今ごろ地上は死体で溢れかえっていただろうな。」

保福、長慶、鏡清の三人は、みな雪峰和尚のところで修行した人たちです。

彼らは同じ時期に悟り、学び、行動し、互いに切磋琢磨しあった人たちでしたので、何かひとつ取り上げれば直ちにつかむべきポイントを理解しました。

ちなみに、雪峰和尚のところには千五百人もの修行僧が常駐していましたが、日常生活においても常に真理の探求を心から離さなかったのは、この三人だけだったとのことです。

なお、雪竇和尚は、弟子たちの前でこのエピソードを紹介した上で次のようにコメントしました。

雪:「さて、今、この二人と一緒に山歩きをするとしたならば、いったい何処を目指したものか・・・ 十万年後にだってこういう会話ができる連中はいるとは思うが、決して多くはないだろうな。」

冒頭のエピソードで保福和尚はいきなり「ここがシュメール山の山頂だ!」と言いました。

シュメール山(妙峰・須弥山):インド神話において「世界の中心に聳えている一番高い山」と説明される伝説の山。華厳経において十六歳の善財少年が「究極の悟り」を得るために訪ね歩いた五十三人の善知識(学ぶべきところの多い立派な人)のうち、一番最初に尋ねた人が住んでいた場所でもある。

今どきの人がいきなりこんなことを言われたら目を白黒させるだけで何も言えなくなってしまうところですが、長慶和尚は直ちにツッコむことができました。

保福和尚は別に頭がおかしくなったわけでもなんでもなく、一見シュールな発言をすることで相手の力量をはかろうとしたのは間違いないですが、さて、それでは長慶和尚の発言はいったい何を目的としたものなのでしょうか?

これに対する雪竇和尚のコメントですが、よく考えてみると、もの凄い上から目線のものですよね。

黄檗和尚が「禅がないとは言わない。ただ、それを教えられる人はいないのだ!」と言ったのに似ているかも知れません。

―――――つづく

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