詩人・詩論家の方回による前書き(1300年)(出典:碧巌録「方回序」)

中国人が「仏」というものを知ったのは、後漢(一世紀後半)の頃に迦葉摩騰と竺法蘭が訳した「四十二章経」が世に出てからのことだ。

その後、達磨大師がインドから禅の真髄を伝えに中国にやってきたが、禅は本来「不立文字」であって言葉はあまり重要視されていなかった。

言葉であれこれと問答するようになったのは六代目のあたりからである。
(ややこしい話だが禅宗の六代目は二人おり、「毎日サボらず掃除することが大切。悟りもそれと同じで少しずつ段階を踏みながら得るものだ!!」と主張する神秀和尚を担ぐ北宗と、「元々ゴミなどありはしないのだ。だから悟りは一瞬で可能!!」と主張する慧能和尚を担ぐ南宗に分かれている)

で、詩心のあった雪竇和尚が始めたのが、頌古という一種のポエムを駆使するやり方だ。

雪竇和尚の一派は、それまで正しいとされてきた公案の解釈を次々とひっくり返してまわり、仏だろうが歴代の師匠であろうが遠慮なくぶった切るなど、もうやりたい放題。

しかも、そこで詠まれたポエムの数々は、詩の専門家である我々も舌を巻くほどの出来栄えだというのだからもの凄い。

とはいえ、やはり禅宗は「不立文字」が真髄。究極の真実は言葉では表せないのだ。

この書物「碧巌録」においては、そのことを誰よりもよく知っているハズの雪竇和尚と圜悟和尚が「不立文字」にケンカを売るかの如くに言語を駆使しまくっている。

できの悪い弟子たちを救うためとはいえ、なんともおせっかいなことをしたもので、案の定、彼らの跡を継いだ大慧和尚に「こんなものがあると弟子たちが自分の頭で考えなくなる!」ということで本も版木も焼き払われてしまった。

今回、編集者の張煒氏が焚書を免れた本をもとに新たに版を起こして「碧巌録」を復刊させるというのだが、これまた雪竇和尚や圜悟和尚に勝るとも劣らないおせっかいぶりであるというほかはない。

大徳四年庚子(1300年)四月八日   紫陽山の詩人 方回 字は萬里 前書きを記す。

<詩人・詩論家の方回による前書き(1300年) 完>


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