劉鉄磨の五台山 2/2話(出典:碧巌録第二四則「劉鉄磨台山」)

法演和尚は言いました。

「禅が「無事」を尊ぶからといって様々な問題を無いものとしてスルーしてはならない。クライシスというものは、しばしばその「無事」から発生するからだ!」

貴方がもしモノゴトを本当に腹の底から理解しているのであれば、先に挙げた潙山和尚と劉鉄磨のやりとりは何の難しいこともない日常会話に過ぎないことがわかるハズ。

言葉ヅラにとらわれてしまうから、シュールなやりとりに見えてしまうのです。

ある日のこと、乾鋒和尚は弟子たちに向かって言いました。

「「一」でやれるなら「二」はやらない。「一」に勝るものはないからだ!」

すると弟子たちの中からヤング雲門和尚が進み出て言いました。

「和尚! 昨日ひとりの僧が天台から来て南岳へいきましたよ。」

それを聞いた乾鋒和尚は、「おお、オマエは料理係の雲門だな? よし、オマエは今日は仕事を休め!」と言ったとか。

おわかりでしょうか?

相手がこちらの出方を伺うならこちらも相手の出方を伺い、決めにかかるならこちらも決めにかかります。

潙山和尚と仰山和尚の流派では、このテクニックを「境地」と呼びます。塵が舞い、草木が揺れるのを見て風の性質を見抜くのです。

また、既に意思の疎通はできているのにわざと一見関係ないような話をするテクニックを「隔身」といいます。これを身につけると、どれほど相手が強く出てきても自由自在に身をかわすことができるようになります。

雪竇和尚は冒頭のエピソードに対して、次のようなポエムを詠みました。

鉄の馬に乗って難攻不落の城に攻め入ったら
天下統一の詔が発せられて平和になったので、
帰り道で金の鞭を握っているヤツに問いかけた。
夜ふけに誰と皇城に向かうつもりだい?ってね。

雪竇和尚は碧巌録の中で百のポエムを詠みましたが、個人的にはこのポエムが一番スジが通っていて出来が良いと思います。

「鉄の馬に乗って城に攻め入った」というのは劉鉄磨が潙山和尚のところに乗り込んできたことを指しており、「詔が発せられて平和になった」というのは潙山和尚が冒頭一発カマしたことを指しています。

「帰り道で金の鞭を握っているヤツに問う」というのは劉鉄磨が「和尚は明日、五台山に行くか?」と尋ねたことを指し、「夜ふけに誰と皇城に向かう?」というのは潙山和尚がゴロリと横になって劉鉄磨が出ていったことを指しているのです。

天高くそびえ立つ山の頂上に立てば魔物や外道には見つからず、深く静まり返った海の底に立てば仏様にも見つからない。

一人が横になり一人が出てゆく。
これこそがそのやり方なのです。

雪竇和尚は劉鉄磨と同じ境地に達していたからこそ、「鉄の馬に乗って城に攻め入る」などという表現ができるのです。

え? それはいったいどんな境地か、ですって?

それは次のような風穴和尚の会話が参考になるかも知れません。

僧:「潙山和尚はやってきた劉鉄磨に向かっていきなり「来たな、メス牛!」と言ったそうですが、いったいどういうつもりだったのでしょうか?」
潙:「白雲の中で金の龍が踊っているようなもんだな。」

僧:「・・・それでは劉鉄磨が「明日、五台山の大盤振る舞いに参加するか?」と言ったのは?」
潙:「青い海の波間で月のウサギがびっくりしているようなもんだな。」

僧:「・・・潙山和尚がその場で寝てしまったのは何故でしょう?」
潙:「歳をとってくたびれたら、一日中何もせずにのんびり横になって緑の山と向かい合う。実にいいもんだ!」

ほらね? さすが風穴和尚、雪竇和尚の気持ちをよくわかっておいでです。

<劉鉄磨の五台山 完>


☆     ☆     ☆     ☆

電子書籍化 第2弾!『超訳文庫 無門関 Kindle版』(定価280円)が発売されました。公案集の代名詞ともいうべき名作を超読みやすい現代語訳で。専用端末の他、スマホやパソコンでもお読みいただけます。

超訳文庫 無門関 ぶんのすけ

【amazonで見る】

第1弾の『超訳文庫アングリマーラ Kindle版』(定価250円)も好評発売中です。<アングリマーラ第1話へ>

「超訳文庫アングリマーラ」ぶんのすけ

【amazonで見る】

スポンサーリンク

フォローする