蓮華峰庵主の杖 1/3話(出典:碧巌録第二五則「蓮華庵主不住」)

雲門和尚の孫弟子にあたる祥和尚は、天台山の蓮華峰に庵を結んでいたことから蓮華峰庵主(れんげほうあんじゅ)と呼ばれていました。

ある時、庵主は弟子たちの前に杖を掲げて言いました。

「歴代の師匠たちは皆、せっかくここまで到達しておきながら、なぜとどまろうとしなかったのだろうか?」

弟子たちが返答に窮しているのを見て、庵主は言いました。

「ここに到るまでの修行に、杖を活かすことができなかったからではないかな。」

そしてさらに弟子たちに問いました。

「それではいったい、どうすればいいと思うかね?」

弟子たちがやはり答えられそうもないのを見て、庵主は言いました。

「杖を横に担ぎ、脇目も振らず一気に深山に踏み込むのだ!!」

さすがは蓮華峰庵主。
なかなかにシビれるシュールさですが、皆さんは彼の言わんとするところがおわかりになりますでしょうか?

彼が蓮華峰に庵を立てたのは宋の国ができたばかりの頃でした。
(庵といっても横穴式住居レベルの粗末なものでしたが)

蓮華峰庵主は悟りを得た後、誰に仕えることもなく世間の名利とは一切無縁で、野草を煮炊きしながら自由気ままに暮らし、悩める弟子たちが尋ねてくれば「歴代の師匠たちは皆、せっかくここまで到達しておきながら、なぜとどまろうとしなかったのだろうか?」と尋ねたのです。

この手短でシュールな問いかけの中には、方便と真実、智慧と行動が詰まっているのですが、二十数年もの間、誰一人として合格点の回答ができた者はいなかったとか。

ひとつ皆さんにヒントをあげましょう。

「彼ほどの実力者が、なぜ二十年以上も同じ質問をし続けたのか?」というところに着目してみてください。

彼は弟子たちが返答に窮しているのを見て、自分で「ここに到るまでの修行に、杖を活かすことができなかったからだ」と答えました。

さて皆さん、杖は修行僧が日常的に使用するものです。

それなのになぜ、「修行に活かすことができなかった」などと言うのでしょうか?

・・・「金は貴重なものだが、カケラが目に入ったらまともに見えなくなる」という諺があります。

全く意味がわからないということであれば、皆さんはまさしくそんな状況に陥っているのかも知れませんね。

―――――つづく


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