東と西の区別がつかず北と南もわからないまま朝から晩まで過ごし、また晩から朝までを過ごしている。
この人はずっと眠っているのでしょうか?
流星のように鋭い眼光。
この人は目覚めているのでしょうか?
南を北だと言い張って止まない。
果たしてこの人は正気なのでしょうか?
それとも立派な修行者なのでしょうか?
いや、それとも単なる凡人?・・・
貴方がもしここでピンときて「ああ、そういうことね」となるのであれば、これからお話するエピソードには何の不思議も感じないことでしょう。
かつて政府の役人でありながら睦州和尚のところに出入りして在家のまま修行を重ねる陳操という名の居士が、資福和尚に会いに行ったときのことです。
資福和尚は陳居士がやってくるのを見つけると、指で空中に大きな円を描いてみせました。
それを見た陳居士が「・・・私にこうやって来られてしまっただけでも大失敗だというのに、いったい何をやっているのですか貴方は?」と言うと、資福和尚は入口の扉を閉めてしまったそうです。
このエピソードに関して雪竇和尚は「陳さんは片目しかないのだね。」とコメントしました。
陳居士は僧侶がやってくるとご馳走を食べさせ、さらに三百文のお小遣いを渡して、その力量を試すのが常でした。
ある時、雲門和尚がやってきたので早速質問をぶつける陳居士。
陳:「儒教に講釈師がいるように、仏教でも経典研究と講釈を専門にしている僧がいます。ところで禅宗のお坊さんはそういったことをやらずに行脚と称してはあちこちブラブラしているばかりのようですが、いったい何のつもりなんでしょうかね?」
雲:「・・・オマエ、これまで何人の禅坊主にその質問をしてきたのだ?」
陳:「今は私が貴方に質問をしているのです。まず質問に答えてくださいな。」
雲:「質問に答えるにあたって確認しておきたいのだが、オマエがいうところの「教」とはどんなものだ?」
陳:「本や巻物です。」
雲:「それは「教」ではなくて「文字」だ。もう一度聞くが「教」とはなんだ?」
陳:「いや、そう言われるとなかなか口で説明するのは難しいですね。他にピタッとくるイメージも思い浮かびません・・・」
雲:「口で説明できないのは、言葉にこだわりすぎているからだ。具体的なイメージが浮かばないのは、妄想にとらわれているからだ。さぁ、「教」とはなんだ?」
陳:「・・・・・・・」
雲:「オマエは法華経に詳しいと聞いたが本当か?」
陳:「はい、自分なりに研究を重ねています。」
雲:「法華経には「この世のあらゆる仕事は真実に背かない」と書かれているハズだ。それなのに何故オマエは禅坊主を貶すようなことを言うのだ!? 法華経には「非非想天(色界の頂点)で修行すれば輪廻から脱することができる」とも書かれている。オマエはそこから人間界に舞い戻って修行を続けようというような奇特なヤツが何人いると思っておるのだ!?」
陳:「・・・・・・・」
雲:「禅坊主をナメないでもらいたい。ワシらは皆、儒教に飽き足らずに仏教修行を開始したのだ。そして十年、二十年と修行を続けても、まだまだどうにもならずにおる。オマエごときに何がわかるというのだ!?」
陳:「・・・すみません。私が悪うございました。」
かつて、数人の僧侶が役所にやってきたのを見た役人が「見ろよ、坊主がやってきたぜ。きっと皆禅坊主だな!」と言ったのを聞いた陳居士は「いや、違うね。」と言いました。
その役人が「なんでわかるんだよ?」と尋ねると、陳居士は「まぁ見てろって!」と言いました。
そして僧侶たちが近くに来た時に陳居士が「仏経典に詳しい人!」と声をかけたところ全員が振り向いたので、「ほらね!」とドヤ顔をしたそうです。
そんな彼でも、雲門和尚にはまるで歯が立たなかったというわけです。
―――――つづく
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