金色のライオン 2/2話(出典:碧巌録第三十九則「雲門金毛獅子」)

また、とある僧が雲門和尚に尋ねました。

僧:「よく真理は水面に映った月のようなものだと言われますが、それは本当でしょうか?」
雲:「水は澄んでいても、さざなみが邪魔してたどり着くことは極めて難しい。」

僧:「だとしたら和尚はどうやって悟りを得たのですか?」
雲:「ほう、その問いは何処からもってきたのだ?」

僧:「だとしたらどうなのですか?」
雲:「関所を突破するための山道は険しく、幾重にも曲がりくねっているのだ!」

この二人が文字通りの「水」や「山」の話をしているのでないことは流石におわかりかと思いますが、その真意はまさに電光石火の中に見るほかはない上に、見えても見えなくても結局のところ死ぬしかないのです。

雪竇和尚はその道の達人でしたので、その辺りの事情を理解した上で次のようなポエムを詠みました。

柵で囲まれた芍薬の花。
ボーッと眺めていてはいけないよ。
花の美しさは色や形にあるんじゃないのさ。
「だとしたらどうなのか?」なんて直球勝負。
みんなごらんよ、金色のライオンを。

雪竇和尚は本当に場の空気を読むのが上手なお方でした。

冒頭の問答を文字通りに受け取るならば、「汚れなき真実の本体とはどんなものか?」という問いに対する雲門和尚の「柵に囲まれた芍薬の花」という答えは、でまかせ以外の何物でもないように思えます。

だから雲門和尚は言ったのです。「ボーッとするな!」、と。

「水面に映った月」は月ではありません。
空にあるのが本物の月です。

花に美を感じた時、それを見た目だけのこととしてしまうのでは考えが浅すぎます。

それでは美は何処にあるのでしょうか?

「そんなの当然知ってるさ!」ということであれば、貴方を雪竇ポエムの理解者と認めましょう。

さて、最後にこれを読んでいる貴方に質問です。

雪竇和尚は雲門和尚の答えに対して「だとしたらどうなのか?」と畳み掛けた僧の態度を「直球勝負」と表現しましたが、すかさずツッコんだことを評価しているのか、それともツッコミの裏にある意図を評価しているのか、果たしてどちらだと思われますか?

・・・ほらご覧なさい、金色のライオンですよ。(笑)

<金色のライオン 完>


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