(前回の話より続く)
その後、南泉和尚は一番弟子の趙州和尚の前でこぼしました。
「オマエはおらんかったら知らんと思うが、こんなことがあったんじゃよ・・・
放課後にワシが本堂の前を通りかかると、弟子たちがベテランから若手まで総出で何やらワイワイやっておる。
いったい何の騒ぎかと思ったら、一匹のネコをめぐっての言い争いじゃ。
議論のレベルがあまりにも低いのでやめさせようと思ってネコをつかみ上げ、「これはいったい何だ!? ズバリひとことで言ってみろ! 見事に言ってのけたなら斬らずにおいてやる!!」と大見得をきってみせたんじゃが、連中は急に黙ってしまって誰も答える者がない・・・
で、ワシはネコを真っ二つにせざるを得なかったというわけじゃ。」
それを聞いた趙州和尚は無言で履いていた草履を脱いで頭の上に乗せ、そのまま出ていってしまったとか。(笑)
趙州和尚が出ていくのを見送りながら、南泉和尚は「オマエがおってくれたらネコを斬らずに済んだものを・・・」と言ったそうです。
後に南泉和尚の跡を継ぐことになる趙州和尚は、当時すでに熟練の域に達したエース級の弟子でした。
そんな趙州和尚だからこそ、南泉和尚の問いかけに対して流れるように手短なパントマイムで答えることができたのです。
昨日は昨日、今日は今日。
天上天下唯我独尊、師匠であっても一歩も退かない。
それが趙州クオリティってヤツです。
ところが今どきの人ときたら、この話を聞いて「ああ、さすがは趙州和尚! 草履をネコに見立てて頭に乗せて救出したんだね!」とか、「いや、そうやってフラっと出ていくことで「斬るなら勝手に斬れ! アッシには関わりのねぇことでござんす・・・」とカッコつけてみせたんだよ!」とかマヌケなことを言うばかり・・・
南泉和尚と趙州和尚は親子のように息がピタリと合っていて、親が頭をつかめば子はシッポを握りにいくようなものなのです。
今回のエピソードについて雪竇和尚は次のようなポエムを詠みました。
難しいことは趙州さんに任せちゃって、観覧席から高みの見物。
草履を頭に乗せたって、わかる人などいやしない。
故郷でゆっくりしましょうや。
趙州和尚はその道の達人なので、南泉和尚の言いたいことを一瞬で理解してサッと出ていって見せました。
雪竇和尚は「観覧席から高みの見物」と言いましたが、ちょっと失敗していると私は思います。観覧席は楽しいですが、決して長居するところでないのですから。
「草履を頭に乗せる」ことの意味なんて、いくつもあるわけないのです。
ただ自分だけが知り、ただ自分だけが使いこなせる。
そうであって初めて南泉和尚や趙州和尚、そして雪竇和尚が味わっている境地を共有できるのです。
さて、私は雪竇和尚がこのポエムを披露する場に居合わせたのですが、雪竇和尚はポエムを読み終わると「今ワシは「故郷でゆっくり」と言ったが、「故郷」はいったい何処にあるのじゃ!?」などと言い始め、答えようとしている私を棒で叩きました。(苦笑)
賢明なる読者の皆さんは、「故郷」が何処にあるかなんて当然ご存知ですよね?
<趙州和尚、草履を頭にのせる 完>
☆ ☆ ☆ ☆
電子書籍化 第2弾!『超訳文庫 無門関 Kindle版』(定価280円)が発売されました。公案集の代名詞ともいうべき名作を超読みやすい現代語訳で。専用端末の他、スマホやパソコンでもお読みいただけます。
第1弾の『超訳文庫アングリマーラ Kindle版』(定価250円)も好評発売中です。<アングリマーラ第1話へ>