弦がわずかに動くのを見ただけで曲名を言い当てる。
そんな真のスーパーイントロクイズマスターには、千年に一人出会えるかどうか。
ウサギを見つけたら鷹を放つように俊才を捉まえる。
一切の言語を一句にまとめ、この世をひとまとめにして一粒の塵にしてしまう。
一心同体にして、自由自在。
さて、いまだかつてそんな人がいたでしょうか?
今日はひとつ、そんな人の話をしてみましょう。
ある日お釈迦様が説法のために演壇に登ると、文殊菩薩が木槌を打ち鳴らして言いました。
「お釈迦様の教えをよく聴きなさい! お釈迦様の教えは以上です!」
そしてお釈迦様はそのまま演壇を降りられました。
考えてみれば、お釈迦様自身が「生涯を通じて直接それに言及したことは一度もない」と言っている「究極の真実」は彼が大勢の弟子たちの前で無言で花をつまみあげてみせる前からあったわけです。
もしもその場に気の利いたヤツがいたならば、お釈迦様もベタなパントマイムをせずに済んだでしょうに。
今回のエピソードでは、お釈迦様は発言する前に文殊菩薩にツッコミを入れられて退場を余儀なくされていますが、この時だって気の利いたヤツがいてくれさえすればサムい展開は避けられたハズ。
言葉にすればウソに染まる。
だからお釈迦様は究極の悟りを得た時に何も言わずに死のうとし、維摩のオッサンは文殊菩薩に「絶対」の境地を尋ねられて黙り込みました。
では彼らは何も説かなかったのでしょうか? いえいえ、実はその時点で既に説き終えていたのです。
粛宗皇帝が忠国師に無縫塔のデザインを尋ねた時、また外道が「言葉で表せることも言葉で表せないことも問わない」と質問した時も、今回と同じことが起きています。
では黙っていれば真実を示せるのでしょうか?
無言でいれば真実を説いたことになるのでしょうか?
永嘉(ようか)和尚は言いました。
「黙っている時こそ説いている! 説いている時は実は黙っているのだ!」
何も無理に難しく考えようとする必要はありません。
後天的に身に着けた分別のクセを全て捨ててしまえば、この世の全ては平等であることがわかり、現在・過去・未来の仏と手に手をたずさえて充実した日々をおくることができるでしょう。
雪竇和尚は今回のエピソードに対して、次のようなポエムを詠みました。
わかるヤツにはわかってる。
お釈迦様の教えはこんなものではないことを。
気の利いたヤツさえいてくれりゃ、文殊がひと打ちするまでもない。
このエピソードの舞台はインドにあった霊鷲山(りょうじゅせん)であって、八万人もの聴衆が集まっていたといいます。
聴衆たちは全員聖人といってよい人たちでしたし、文殊、普賢、弥勒といった主たる菩薩や仏たちも参加していたのです。
ところが雪竇和尚は「こいつらは誰もわかっていなかった」と言いました。
「お釈迦様の教えはこんなものではない」、とも。
本当に気の利いたヤツであればお釈迦様が演壇に登る前に気づくので、文殊菩薩がオチをつけなくても済んだハズなのです。
インドの王様の身の回りの世話をする召使いを「仙陀婆(せんだば)」というのですが、涅槃経には「仙陀婆には、塩・水・器・馬の四つの意味がある」と書かれています。
朝、王様が寝起きに「仙陀婆!」と呼べば、召使いは手や顔を洗うための水を持っていきます。
王様が食事中に「仙陀婆!」と呼べば、召使いは味を調整するための塩をさし出します。
また、食事終わりに王様が「仙陀婆!」と呼べば、召使いはドリンクの入った器をさし出します。
そして王様が出かけようとしている時に「仙陀婆!」と呼べば、召使いは馬をひいていくのです。
これこそが「気の利いたヤツ」ですね。
ある僧が香厳和尚に尋ねました。
僧:「王様が仙陀婆を呼ぶというのは、いったいどういうことでしょうか?」
香厳:「こちらへ来なさい」
言われたとおりに僧が香厳和尚の近くへ行くと、和尚は「よくもまぁ、ワシをコケにしてくれたもんだ!」と言ったとか。
その僧はさらに趙州和尚にも同じ質問をしたのですが、それを聞いた趙州和尚は禅床から降りてインド式のお辞儀をしたそうです。
冒頭のエピソードの時にもこのくらい気の利いたヤツがお釈迦様が演壇に登る前にツッコミを入れてくれればよかったのですが、お釈迦様は演壇に登り、そのまま降りてしまいましたので、もう手遅れです。
挙句に文殊菩薩に木槌まで打たれてしまうとは……
文殊菩薩もお釈迦様の演説をなんともコケにしてくれたものです。
さて、ここで読者の皆さまに質問です。
文殊菩薩がコケにしたのは、いったいどんなところでしょうか?
<釈迦の説法 完>
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