大光和尚の舞い(出典:碧巌録第九十三則「大光師作舞」)

ある僧が大光和尚に尋ねました。

僧:「金牛和尚は食事時になると飯桶を抱えて弟子たちが集まっている部屋に行き、大声で笑って舞い踊りながら『さぁさ、菩薩の皆さん! たんと召し上がれ!』と言うのが常でしたが、長慶和尚は『あれはどういうつもりか?』と尋ねられて、『食べろと言われる前に「ありがとうございます!」と言うようなもんかな』と答えたとか。こりゃまたいったい、どういう意味なのでしょうか?」
大光:(舞い踊っている)

僧:(礼拝)
大光:「いったい何を見て礼拝するんじゃ?」

僧:(舞い踊っている)
大光:「このインチキ野郎め!」

このエピソードに対して「大光和尚はもうメチャクチャですね…… まともに問答する気もないのでしょうか?」などと批判する人がいますがとんでもないことです。

大光和尚は指導力に定評のある大師匠なのですから。

まず大光和尚が舞い踊って僧が礼拝し、次に僧が舞い踊って和尚が「インチキ野郎」と言いましたが、これはもちろんこの僧の機転を褒めているのではありません。(この僧は単に猿マネで舞い踊っているだけです)

大光和尚の「インチキ野郎」は、実は金牛和尚の仕掛けたワナに向けられたものなのです。

今回のエピソードに対して、雪竇和尚は次のようなポエムを詠みました。

最初の矢傷は浅いが、次の矢は深々と突き刺さった。
いったい誰が黄色い落ち葉を「黄金だ」などと言うのか?
慧能和尚以来の芸風も、ただ形をマネしているだけでは
全人類が陸地で沈没だ!

大光和尚が舞い踊ったのが最初の矢、最後に和尚が「このインチキ野郎め!」と言ったのが次の矢です。昔も今も、大師匠はこういう手口で弟子たちの妄想を打ち砕きます。

仰山和尚は弟子たちに向かって言いました。

「私の言葉なんか覚えなくていいのです。貴方たちは各自が持つ光で自らを照らし出さなければなりません。貴方たちの愚かさはとても根深く、パッと取り去ることはできないレベルです。だから、こどもを泣き止ませるために黄色い落ち葉を見せるようなやり方をしなければならないのです」

さて、こどもが泣き止んでみれば、「黄色い葉っぱ」は「黄金」でもなんでもありません。

お釈迦様が一生涯をかけて説いた教えも、実はこれと同じことなのです。

人は誰でも直ちに悟りを得ることができると主張する慧能和尚以来の芸風ですが、誰かが舞い踊ったから自分も舞い踊るというようなことを続けているようでは、誰かを救うことなど、とてもできはしないのです。

<大光和尚の舞い 完>


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