碧巌録を復刊した後、編集者の張さんの二人のお子さんが相次いで精神を病むという出来事が起こった。
それを知った口さがない連中が「大慧和尚が焼き捨てたものを再び蘇らせるようなマネをしたからバチがあたったのだ」などと言っているのを聞いた張さんが私に相談してきたので、次のように答えてやった。
「仮に圜悟和尚の弟子たちがみな大慧和尚のように碧巌録に否定的だったとしても、碧巌(=青い岸壁)の碧さには何の影響もない。
大慧和尚は月そのものをしっかりと認識し、それを示すための指を捨ててしまった。
さらには勢いあまって歴代の仏や師匠たちまで焼き尽くしてしまったのだ。
道場の看板が撤去され、そこに至る道すらも閉鎖されてしまっては、月を知らない者にどうやってそれを指し示したらよいのだろうか。
ある人は「大慧和尚は碧巌録を焼き捨てるにあたって鎮守の神様に誓いを立てていた。張さんの子どもたちの病気はそれを破った祟りなのだ」などというが、完全に失われたと思われていた碧巌録の資料が全て張さんのもとに集まるなどというのは神の助けなくしては起こり得ないことである。(機が熟したということもあるだろうが)
それは池に放り込んだ針が浮かんでいた芥子粒に刺さるというほどの奇跡なのであって、たまたまそれに巡り合った張さんはむしろ豪運の持ち主なのだ。
しかも優れた内容の書物を世に広めようというのだから、バチがあたるどころか巨大なご利益があってしかるべきではないか。
つまり、碧巌録の復刊とお子さんたちの病気の間には何の関係もないのである。
だから張さんはつまらぬ連中の言うことに耳を貸す必要はない。
「冥験記」という書物に載っている話だが、沛(はい)国の周という人には三人の子があったが、全員口がきけなかったという。
ある時、訪問客に「これは過去になにか悪いことをした祟りなのではないか?」と問われた周さんは、子どものころに燕の巣を見つけ、親鳥がいないのをいいことに三羽いたヒナにトゲのある実を呑ませたことがあったことを思い出した。
まもなくヒナは三羽とも死んでしまったのだが、それを見つけた親鳥が悲しそうな声で鳴いて飛んで行ったのを見て深く後悔したのだ、と客に告げたところ、客は「君は過去の悪事を後悔しており、今、その罪を自覚した。もう罪は免れたぞ!」と言った。
その途端、三人の子はみな口がきけるようになったのだそうだ。。
金剛経によれば「過去の悪業は決して取り返しがつかないが、ただひとつ、他人からバカにされることを通じてのみ、それを打ち消すことができる」のだとか。
張さんは今、理不尽にも他人から「バチあたり」としてバカにされている。
だから百歩譲って張さんに悔い改めるべき過去があったのだとしても、まもなくその罪業は消滅すること間違いなし。
お子さんたちの病気も、「冥験記」における周さんの子らのようにじきに治ってしまうことだろう」
ブッダは究極の悟りを得てから亡くなるまでの四十九年の間に文書保管用ケース六百箱にも及ぶ文字を残し、この世の全てを語りつくした。
仏教は無限とも思える長い時間ですら一瞬の思念に圧縮可能と説いているのだから、大慧和尚のように大部の資料は全く不要という考え方もあるだろう。
馬祖和尚は「即心即仏(そのままの心がすなわち仏である)」と説いて回ったが、後に「非心非仏(心などなく、仏もない)」と正反対のことを説くようになった。
その話を人づてに聞いた馬祖和尚の直弟子である大梅和尚は、「それはそうなのかも知れないが、やっぱり私は『即心即仏』でいく」と言ったとか。
だから、もしも君たちに「ブッダの教えは文字・言語で伝えることはできないハズだ!」などと難癖をつけてくるヤツがいたらなば、「大慧和尚が正しいのかも知れないが、私は圜悟和尚のやり方を支持する!」と言ってやれ。
さもなければ君たち自身がこの世の全ての病にかかるハメになるし、そんなことでは治るハズの張さんの子どもたちの病気も治らないだろう。
「子を持って初めて父母の恩を知る」という。
張さんは仏教を学んでその恩を知り、歳を取った今、過去の罪業も打ち消されようとしている。
歴代の仏や師匠たちには「一事不再理(=同一の犯罪について、重ねて罪を問うことはない)」の誓いがあるのだ!
今後、この本「碧巌録」を読んだ者たちの中から、圜悟和尚や大慧和尚でも太刀打ちできない傑物が現れるかも知れない。
などと言ってはみたが、詰まるところ全ては君たち次第なのだ。
諸君らの健闘を祈る!!
延祐丁巳年(1317年)中元の日 海粟老人こと馮子振 後書きを記す
<馮子振による後書き(1317年) 完>
<<別訳【碧巌録】 完>>
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