別訳【夢中問答集】第六問 祈りはかなうか? 1/5話

足利直義:和尚様、そこまでおっしゃるのであればお尋ねします。

私は幼い頃から、仏様や菩薩様は皆、民衆の願いをかなえてくれる存在であると教えられてきました。いや、むしろ、こちらから願うまでもなく、苦しんでいる者があれば向こうの方からやってきて楽にしてくれる、そんな存在が仏や菩薩であると。

ところが実際には、必死になって祈ったところで、かなえられることなどほとんどないではありませんか!

これはいったい、どういうことなのでしょうか!?

夢窓国師:ああ、それね・・・

実はここだけの話だけれども、三十年ぐらい昔、ワシもオマエさんと全く同じ疑いを持ったことがあるのじゃよ。

その時ワシは茨城に住んでおったのじゃが、その年は雨がとても少なくてな、田植えの季節になっても全く雨が降らなかったのじゃ。

見渡す限りの田んぼや畑は皆、見るも無残に乾ききって、まるで枯野のようじゃった。

ワシは思ったよ。「おいおい、なんてこったい・・・ このままじゃ人間どもは飢え死にするしかない。龍神様はこの有様を見ても何も感じないのだろうか?」

そこでふと気づいた。「そうか、龍神様には、雨を降らせる能力はあるかも知れないが、人間を憐れむ心なんか、ありゃしないよな」、と。

さらに思った。「逆に、ワシには人間を憐れむ心はあるけれども、雨を降らせる能力はない。・・・ いや、待てよ。仏や菩薩も雨を降らせる能力があったハズだな。それも龍神様なんかよりも遥かにたくさん。しかも、人間を憐れむ心だって、ワシなんかよりもずっとずっと深いハズ。なのに人間どもがこんなに困っていても、何もしようとされないのは何故だ!? もしも『民衆のデキが悪いから助けないんだ』というのであれば、民衆は永遠に救われることはないということになる。さては『仏や菩薩が人間たちの願いをかなえてくれる』というのは大ウソか!?

考えてみれば、大昔のことはいざ知らず、近頃のことを振り返ってみるに『願ったらかなった!』などという話はほとんど聞いたことがない。薬師如来は『人間たちのあらゆる病気を取り除いてあげる』と言ったそうだが、現実には何の病気もない人など、ほとんどいない。普賢菩薩は『人間たち全てのために奉仕する』と言ったらしいが、世間はヘルパーが足りなくて困っている人で満ち溢れているじゃないか。たとえ家族や親戚が大勢いたところで、結局だれも頼りにならないというのが、まさに現実ではないか!

大昔には、人々が困窮しているところに立派な坊さんがあらわれて、彼らのために数々のミラクルを巻き起こしたという話があったりするようだが、今の人々の困窮ぶりは、昔に比べて勝りこそすれ、決して劣らないハズ。こんな時こそ彗星のようにヒーローがあらわれて、一大ミラクルで人々を救うべきなのに、そんなものはまるで登場する気配がない・・・

嗚呼、神も仏もありゃしねぇ! この世はもう終わりだ!」

・・・てなことがあって、その後すぐにそんなことはすっかり忘れちまっていたのじゃが、その後何ヶ月かたったとき、ふとこんなエピソードを思い出した。かつて西行法師が天王寺詣での折に淀川のほとりの江口というところで旅先で旅館に泊まろうとした時のことじゃ。西行が「お願いだから泊めてくれ」と頭を下げているのに、旅館の主人は「満室です」の一点張りで泊めてくれなかったとか。西行はすかさず教養をほとばしらせると、歌に託してイヤミを言った。

「世の中を いとふまでこそかたからめ かりのやどりを おしむ君かな(いいじゃないか、泊めてくれよ、減るもんじゃなし!)」とな。そうしたら主人は、同じく歌で次のように返したとか。

「世をいとふ 人としきけばかりのやどに 心とむなと 思ふばかりぞ(野宿したって死にゃしませんよ! セコイこと言わないでください・・・)」

また、こんな話も思い出した。昔、今の左京区あたりに、とある優秀な儒学者がおったのじゃが、彼は息子がまだ小さいうちから、いつも膝の上にのせて文章を読み聞かせたり書かせたりして教えていた。いわゆる幼児英才教育じゃな。で、外出する時には、その子を机の前に正座した状態で縛りつけ、勉強を続けるように命じていたとか。

今なら幼児虐待ということで大騒ぎになるところじゃが、それが彼の教育方針だったのじゃ。

しかし、あまりにもかわいそうだというので、継母は学者が外出すると、すぐにこどものヒモをほどいて自由に遊ばせてやり、帰ってくる頃には、またもとどおり縛り上げておいたのだそうな。

その子にとって、お父さんのスパルタぶりはなんともうらめしく、継母のかけてくれる愛情は、なんとありがたかったことじゃろう。

そしてその子は成長し、ついに父親の後を継ぐ時がきた。

さあ、これから学者として独り立ちしなければならない、となった時、お父さんのスパルタ教育のありがたみがしみじみと理解でき、また継母に対しては、なんと余計なことをしてくれたものだ、とうらめしく思ったということじゃ。

そして、ワシは悟ったんじゃ。「なるほど、人の願いは何でもかなえればいいってもんじゃないな・・・」と。

―――――つづく


☆     ☆     ☆     ☆

電子書籍版 第2弾!『別訳 【碧巌録】(1) Kindle版』(定価250円)が発売されました!紙書籍版『別訳【碧巌録】(上)』のうち、前書き、1~10則までを収録しています。

紙書籍版『別訳【碧巌録】(上)』が発売されました!
「宗門第一の書」と称される禅宗の語録・公案集である「碧巌録」の世界を直接体験できるよう平易な現代語を使い大胆に構成を組み替えた初心者必読の超訳版です。

別訳【碧巌録】(上)文野潤也

Amazonで見る

電子書籍化 第2弾!『別訳 無門関 Kindle版』(定価280円)が発売されました。公案集の代名詞ともいうべき名作を超読みやすい現代語訳で!

『別訳無門関 好雪文庫』文野潤也

Amazonで見る

第1弾の『別訳 アングリマーラ Kindle版』(定価250円)も好評発売中です。

<アングリマーラ第1話へ>

『別訳アングリマーラ 好雪文庫』文野潤也

Amazonで見る

スポンサーリンク

フォローする