倶胝(ぐてい)和尚は、まだ駆け出しの頃、人里はなれた山の中に庵を結んで一人で暮らしていました。
ある日のこと、そんな倶胝和尚のところに一人の尼さんが訪ねてきました。
尼さんはズカズカと部屋に入ってくると、笠をかぶった旅装束のままで座禅中の倶胝和尚のまわりをグルグルと三回まわると、こう言いました。
「ねぇ、そこのアナタ。なんとか言ってごらんなさいよ。気の利いたことが言えたなら、私はこの笠を外して旅装束も脱ぐつもりで来たのだから。」
突然の展開に戸惑った和尚が絶句していると、彼女は三度、同じセリフを繰り返しました。それでも和尚が無言であったので、遂に尼さんはそのまま振り向くと出て行こうとしました。
倶胝和尚はそこでやっと口を開くと、何とか次の言葉を搾り出しました。
「あ、あの・・・ 待ってください。もうすぐ日も暮れますし、よろしかったら今日は泊まっていかれませんか?」
尼さんは言いました。
「だから、何とか言ってみなさいって!」
しかし、和尚はもうそれ以上、何も言うことができませんでした。尼さんが出て行った後、残された倶胝和尚はガックリと肩を落として反省しました。
「オ、オレは・・・
身体は立派な成人男子なのに、それに見合った「意気地」ってヤツがまるで無い!
もう!オレのバカバカ!(泣)
くそーっ!こんなんじゃダメだ!
オレは旅に出るぞ!そしてグレートなオトコになってやるんだ!」
勢いあまって旅立ちを決心した和尚は、速攻で旅支度を整えると、出発に備えて早寝しました。
するとその晩、夢枕に山の精霊が立ち、こう告げました。
「こらこらオマエさん、そんなにあせっていったいどこへ行こうと言うのだい?
まぁ、落ち着きなさい。明日になったら凄い人がやってくることになっているから。」
次の朝、目覚めた倶胝和尚が半信半疑で出発せずにいると、果たしてひとりの坊さんが訪ねてきました。
昨日の出来事を残らず懺悔したところ、その坊さんは、ただ黙って指を一本立てて見せました。
それを見た瞬間、倶胝和尚は全てを悟ってしまったということです。
この時訪ねてきた坊さんこそが天龍禅師だったわけなのですが、それからというもの、倶胝和尚はどんな質問に対しても、ただ指を一本立てるだけで回答したということです。
―――――つづく