漸源(ぜんげん)和尚が若い頃、師匠の道吾和尚と一緒にとある家の葬式に出かけた時のことです。
漸源くんは安置されている棺に近づくと、ポンと手で叩いてから言いました。
「これって、「生」ですかね? それとも「死」ですかね?」
道吾和尚は答えました。
「そりゃ、「生」とも「死」とも言わんなぁ・・・」
漸源くんは言いました。
「いやいや、なんでまた「言わない」んですか?」
道吾和尚は答えました。
「言わない。言わないんだよ!」
全く納得がいかなかった漸源くんは、葬式からの帰り道、道吾和尚に再度質問しました。
「和尚、あなた、「どうせオマエなんかにはわからないだろう」とか思って適当なこと言ってるんじゃないですか? ちゃんと質問に答えてくださいよ! さもないと、私は和尚を殴りますよ!」
道吾和尚は言いました。
「殴るなら殴れ。言わないと言ったら言わないんだ!」
カッとなった漸源くんは、とうとう道吾和尚を殴ってしまいました。
殴られた道吾和尚は言いました。
「・・・オマエ、悪いことは言わんから、しばらくここを離れろ。ウチの寺の風紀委員長はキビシイ男だ。師匠を殴ったなどということが知れたら、タダでは済まないだろうからな。」
言われたとおりに漸源くんは寺を抜け出し、マイナーな寺で潜伏する日々を送りました。
ある日のこと、修行者のひとりが「観音経」の一節を唱えているのが耳に入りました。
「とにかく、相手のレベルに合わせることが重要です。相手のレベルが低いならば、そこまで降りていかなければ説得できないのです。」
漸源くんはガーンと悟ると言いました。
「ああ、あの時オレは和尚の言うことがわからなくてインチキじゃないかと疑っていたのだが、そうか、和尚が伝えようとしていたのは、単なる言葉上の問題ではなかったのだ!」
さて、皆さんの中にはこの話を聞いて「そりゃそうだよ。道吾和尚は「言わない」と答えたわけだけど、結局「言わない」って言っちゃってるわけだし。(笑)」などと脊髄反射的に考える人がいるかも知れませんね。しかし、そういうのはつまり真後ろに立っている人を見ようとしてバック宙を決めるようなもので、結局見ることができないのです。
―――――つづく
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