外道の質問 1/5話 (出典:碧巌録第六十五則「外道問佛有無」)

世界中に充満しているのに圧迫感を与えず、私心なく、一を挙げれば三を理解し、ひと目で物ごとの軽重を見て取る。

どしゃぶりの雨のように棒で打ち、落雷のように激しく怒鳴りつけても、「向上の人」の生き様を曲げることはできません。

・・・さて、「向上の人」とはいったいどんな人のことなのでしょうか?

一緒に考えて見ましょう。

かつて一人の外道(異教徒)が、ブッダの前までやってきてこう言いました。

「言葉で言い表せることはお尋ねしません。また、言葉で言い表せないこともお尋ねしません。」

それを聞いたブッダは、ただ黙って座っていたのですが、それを見た外道は感嘆の声をあげ、お礼を言いました。

「素晴らしい! これこそ私の求めていたものです。おかげでようやく悟りを開くことができました!!」

外道が感激しながら帰っていった後で、このやりとりを横で見ていたアーナンダが質問しました。

「なんですか? 今のは??」

ブッダは答えました。

「良い馬はな、鞭の影を見ただけで走り出すのだよ。」

この世の真実が言葉で表せるというのであれば、仏教にはそれこそ膨大な経典類がありますので、それに目を通すだけで充分悟れるハズ。

逆に、この世の真実が言葉で表せないというのであれば、達磨大師は遠路はるばる中国まで何をしに来たのでしょうか?

禅宗におけるいわゆる公案というものはどれもこれも意味不明なものばかりですが、今回ご紹介したエピソードは比較的取っつきやすそうなお話ですので、わかったような気になっている人が多い部類に属します。

この時のブッダの態度について、ある人は「ただニコニコしていた」と言い、またある人は「身じろぎひとつしなかった」と言い、「黙っているだけで答えなかった」と言います。

なんともオメデタイことに、これらは全部的外れなのです。
こんなことではいつまで経っても真実を悟ることはできません。

真実は言葉の上になく、また言葉を離れたところにもないのです。

このことをしっかりと理解しておかないと、真実はあっという間に千里の彼方に消え去ってしまいます。

冒頭のエピソードに登場した外道が悟ったものは、「ここ」にも「あそこ」にもなく、「是」でなく「非」でもないものなのです。

え? 「オマエはいったいなんの話をしているのか?」、ですって?

―――――つづく

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