外道の質問 3/5話 (出典:碧巌録第六十五則「外道問佛有無」)

外道の人はとても満足し、しきりと感謝感激していたとのことですが、いったいブッダの対応の何がそんなに嬉しかったのでしょうか?

ブッダの眉間の心眼は現在・過去・未来の三世を見通していますが、外道たちの両眼は彼らなりにこの世界をしっかりと見通しています。

「外道」というとトンデモない極悪人のイメージがありますが、たまたま仏教とは違うロジックで世の中を理解しようとしている人たちをそう呼んだだけのこと(仏教とは異なる宗旨の信奉者という意味で「異人」と呼ぶこともあります)であり、こと現象に関する理解は決してブッダに引けを取るものではないのです。

真如和尚は言いました。

「これはあれだね。言うなればブッダが外道の懐に手を突っ込んで、気づかずに持っていた宝玉を取り出して見せてくれたようなもんだな。で、森羅万象への理解がより一層深まったってわけだ。」

私にも言わせていただけるなら、これは譬えるならば「袋小路に追い立てられた犬」のようなものではないかと。人は誰しも、切羽詰れば潜在能力が開花するといいますし。

現実世界に立ち向かうにあたり、教科書で学んだ理屈で考えだけるだけではどうしても限界がありますからね。

ものごとは往々にして、是非判断とか比較検討とか、心理とか物理とか、そういったものを全部投げ捨てたときに真の姿を現すものです。

で、外道が感謝感激で去っていった後、アーナンダは「なんですか? 今のは??」と質問し、ブッダは「良い馬はな、鞭の影を見ただけで走り出すのだよ」と答えました。

これに関しては、ある人は「いや、途中から話が変わっちゃっているのでは?」と言い、またある人は「これこそ正に竜頭蛇尾ってヤツなのでは?」などと言ったりと、アレコレ取り沙汰されるところなのですが、それではブッダ言うところの「鞭の影」とはいったい何のことなのでしょうか?

さらに言うなら「鞭の影を見る」とはいったいどういうことなのでしょうか?

―――――つづく

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