それからしばらく後、このエピソードをもとに景遵という作詩好きの僧侶が以下のようなポエムを詠みました。
この世界に「特別なこと」などなにもないのだ。
わざわざ誰かに「承認してもらう」必要など、あるわけがない。
「後を追え!」のひと言で、坊さんたちは右往左往。
草むらからコオロギの鳴き声が聞こえ、夜になったら鬼が街灯を拝んでいやがる。
やっと静かになったかと思って窓から外を見てみたら、まだ大勢うろついていたりして・・・
さぁ困った! 「滅びる」がわからないし、「滅びない」もわからない・・・
はてさて、いったいどうしたものでしょうか?
雪竇和尚はこのエピソードに対して以下のようなポエムを詠みました。
終末の劫火に脚光をあてるなんてセンス抜群!
・・・でも「滅びる」「滅びない」に足を取られて立ち往生。
「後を追え!」とは流石のひと言。
まじめなヤツほど右往左往。
私は思うのですが、もし本当に悟った人なのであれば、「滅びる」と言ってもセンス抜群ですし、「滅びない」と言っても、きっとセンス抜群なのでしょうね。
この僧は大隋禅師の回答を生真面目に受け取って、てくてくと投子和尚のところまで行き、てくてくと大隋禅師のところに戻ってきました。
まさしく「右往左往」と言われても仕方のないところですが、果たしてこの僧が「行ったり来たり」で得たものは何だったのだのでしょうか?
え? 「ただの「くたびれもうけ」だよ。草履の底をすり減らしただけじゃないか!」ですって?
・・・まぁ、それは確かにそうかもですね。(苦笑)
<終末の劫火 完>
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