軍旗や軍鼓を奪い取って敵の軍勢の指揮命令系統を制圧する。
・・・などということができれば話は早いですが、そんなことが上手くやれた例を私は知りません。
あれこれヤヤコシイ事柄をバッサリ切ってぐうの音も出ないようにしてしまう。
・・・ということは別に神通力に頼らなくてもやれそうですが、はてさて、いったいどうやったらよいのか、ひとつ考えてみることにしましょう。
とある僧が薬山和尚に尋ねました。
僧:「平原にたくさんの鹿が群れていますが、いったいどうやったら、その中にいる「鹿の王」を射ることができますでしょうか?」
薬:「矢を見ろ!!」
それを聞いた僧は、その場にバッタリと倒れて死んだふりをしました。
薬:「おい、誰かこの死体を片付けてくれ!!」
それを聞いた僧が慌てて逃げだしたのを見送りながら、薬山和尚は言いました。
薬:「泥団子をいじりまわして何になるというのだ・・・」
このエピソードに対し、雪竇和尚は次のようにコメントしました。
雪:「三歩は逃げられるだろうが、五歩逃げるまでに死ぬこと間違いなし!」
この手の公案は「借事問」というジャンルに分類されます。具体的な事物に託して禅の神髄に迫ろうというヤツですね。
そうすることで相手の力量を試すという効果もありますので、「辯主問」と呼ばれることもあります。
群れている鹿を射ることは、通常あまり難しいことではありません。
ただ、「鹿の王」となると話は別で、極めて射ることが難しいとされています。
鹿の王は、常に断崖上の岩で角を鋭く研ぎあげていて、それを武器にして群れを敵から守るのですが、その威力は虎ですらも近寄りがたいほどのものなのだとか。
冒頭のエピソードの僧は多少は腕に覚えがある感じでやってきて薬山和尚を試そうとしたのですが、流石は手練れの薬山先生、すかさず「矢を見ろ!!」の一言で決着をつけてしまいました。
―――――つづく
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