雲門和尚の餅粥 2/3話(出典:碧巌録第七十七則「雲門答餬餅」)

中国における仏教の第五代伝承者である法演和尚はかつて、「ロバの糞と麝香の区別ぐらいつけろ!」と仰いました。

「ワシは枝葉のことに興味はない。むしろ根こそぎバッサリやることにつき、ブッダにOKをもらっておるのじゃ!」、とも。

なるほど、「親身になってあげるというのであれば、問いかけのかたちで問いかけてはいけない。答るかたちで答えてはいけない」というのはまさにこのことですね。

そういう意味では、「仏とか歴代の高僧とかを超越した境地の問答をさせてください!」という問いかけに対して「餅粥!」と答えてしまうことの恥ずかしさときたら、もう大失敗といってよいでしょう。

「いや、ハヤブサがハトを捕まえるようなハタラキなんでしょ? だからエサの話をしただけなんじゃない?」などと言う人もいますが、「餅粥」が「仏や歴代高僧を超越した問答」ではもうわけがわかりません。

ハッキリ言いますと、「餅粥」なんてどうでもいいのです。
さらに、「仏や歴代高僧を超える」とかも、どうでもいいのです。

要するに「麻が三斤」や「太鼓がドーン!」のエピソードと同じ趣旨なのです。

私がそう言うと、あるいは早とちりして「要するに「どれほど乱暴な言葉も、どんなに優しい言葉も、みな全て究極の真実の表現である」ということですよね!?」などと言い出す人がいるかも知れませんが、そういう理解の仕方では、一生かけて修行したところで単なる物知りで終わってしまって残念なことになります。

またあるいは血の気の多い禅坊主の中には「オレ様こそが主人公だ! ブッダ、歴代高僧なにするものぞ! そんなもの餅やお粥のようになるまでガシガシ踏んづけてやる!! ・・・ということですよね?」などと言う人がいるかも知れませんが、そんなものが「超越した境地」であるハズがないです。

このエピソードに関してポエムを詠んだ人はたくさんいますが、どれもこれも「仏や歴代高僧を超越」という問いにとらわれてしまったものばかりです。

―――――つづく

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