ある日、塩官和尚は侍者を呼びつけて「サイの角で作った団扇を持ってきてくれないか?」と言いました。
これまでこの連載を読んでこられた皆さんには既におわかりのことかと思いますが、これはもちろん言葉通りのことを要求しているのではありません。
禅の師匠が弟子に対して、その修行に対する取り組みの姿勢を確認するために、このようなボケを振ったまでのことです。
人には誰しも人生の土壇場とでもいうべき瞬間がありますが、そこでちゃんとベストを尽くして打開することができたなら、以後は何がどうなろうとも一切動じることはなくなります。
そんな人がトラブルに対処する時、傍から見るとあたかも何もしていないように見えても正しい方向へ物ごとは進んでいきます。
これぞまさしく「無功の功」、「無力の力」というヤツですね。
塩官和尚はまさにそういうお方だったのですが、彼はかつて実際に「サイの角で作った団扇」を作ったとされています。
なので当然その後それが破れてしまったこともご存じだったハズなのですが、敢えて侍者に「持ってこい」と命じ、侍者が「それはもう破れてしまった」と答えました。
おわかりでしょうか? 昔の人はことほど左様に一瞬たりとも気を抜かずに修行を続けていたのです。
塩官和尚は「それならサイを返してくれ」と仰いました。
さて、彼はサイを返してもらってどうするつもりだったのでしょうか?
投子和尚は「自分がサイを引っ張り出してやってもよいが、角がまだ固まっていないかも」と言いました。
雪竇和尚は「むしろ固まりきっていない角が欲しい」と言いました。
石霜和尚は「角はすでに塩官和尚に返してしまったから、もうない」と言いました。
雪竇和尚は「サイはまだちゃんといる」と言いました。
資福和尚は指で空中に円を描き、中に「サイ」と書くしぐさをしました。
この人は仰山和尚の跡継ぎとなった人でして、いつも言葉ではなくパントマイム的なしぐさで人に接するのが得意だったのです。
―――――つづく
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