サイの角で作った団扇 3/4話(出典:碧巌録第九一則「塩官犀牛扇子」)

雪竇和尚はそれを見て、「塩官和尚は何故、サイを引っ張り出すのをためらわれたのだろうね?」と言いました。(そうすることで、資福和尚が空中に描いた「サイ」を縄でつなぎとめてしまったというわけです)

保福和尚は「歳を取り過ぎてしまったからだ。誰か他の人に頼めばいい」と言いました。
私は、このセリフにはなんか毒があるなぁ、と感じながらも長いこと意味がわからずにいたのですが、師匠である雪竇和尚の同学の慶蔵主(けいぞうす)と話している時、ようやく理解しました。

「歳を取り過ぎてしまった」とは、初めは団扇を探していたのに途中からサイを探し出すというのは「耄碌」に他ならないと指摘しているのであり、故に「誰か他の人に頼」むしかないということなのだと。

で、雪竇和尚は「やれやれ、骨折り損のくたびれ儲けか」となるわけです。

え? やっぱりよくわからない、ですって? まぁ、そうでしょうね。(笑)

各和尚は思い思いにコメントをつけているわけですが、昔の人は流石でして、それぞれ芸風は違っても、相手にちゃんとヒントを与え、かつ仏教の本筋から外れません。

今どきの人たちとは大違いですね。

さて、雪竇和尚はこのエピソードに対し、次のようなポエムを詠みました。

ずいぶん長いことサイの角で作った団扇を使ってきたというのに、今どこにあるのかと聞かれたら、なんと誰も知らないとは・・・

あのすがすがしい風と角は、全て嵐とともに去ってしまって、いまさら追っても追いつけやしないのだ!

このポエムを踏まえ、雪竇和尚は弟子たちに向かって「もしも「あのすがすがしい風」にもう一度吹かれ、「角」をもう一度生やしたいというのであれば、オマエら一人づつ何か気の利いたことを言って見せろ!」と言い、さらに「団扇が破れたというのであれば、ワシにサイを返してくれ!」と言いました。

そこである僧が進み出て、「それでは皆さん、部屋に戻って修行を再開してください!」と渾身のボケをかましてみせたのですが、それを聞いた雪竇和尚はその僧を一喝した上で「クジラを釣ろうと思って釣針を投げ入れたのに、カエルがかかってしまうとはな!!」と言って帰ってしまいました。

―――――つづく

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