胸のアリーナ最前列、子供は泣くのが仕事なのか?

「泣くのは子供の仕事」とはよく聞く言葉だ。

そりゃそうだろう、という程度に思っている方々、是非その甘い考えを改めてもらいたい。いくら泣くのが仕事とはいえ、時にいくらなんでも泣きすぎだろう、と思うほどに子供は泣く。こっちの方が日々泣きたいことは山ほどあるにもかかわらずそんなことは全くおかまいなしに泣く。可愛らしく泣くこともあれば、ほとんど絶叫と呼べるほどの大声で、そろそろ近隣から通報されるのではないかと危惧するほどに泣く。

子供の泣き声を甘くみてはいけない。それはほとばしる魂の叫びであり、そのインパクトはロックミュージシャンに例えるならジャニス・ジョプリンやジム・モリスンにも匹敵する強烈に人の心を揺さぶるものである。
1歳も超えてくると表現のバリエーションはさらに広がり、クイーンのフレディー・マーキュリーやレッド・ツェッペリンのロバート・プラントの全盛期にも引けを取らない訴求力で迫ってくる。

考えてみてほしい。午前3時にロバート・プラントが抱っこ紐の中でシャウトすることを。それはなかなかに体験出来ないレベルの究極のロックンロール体験である。
全力でシャウトするハードロックバンドのボーカリストが胸のアリーナ最前列で最高のパフォーマンスを披露するわけだが、残念なことに観客は自分だけだ。

子供が泣く理由を推察し原因を突き止め、それを改善すれば泣き止むというのはとても建設的な考え方である。
「赤ちゃん 泣き止まない」と検索すればインターネット上にはあらゆる手立てが渦巻いているはずだし、自分もどうしたら子供を泣き止ませることが出来るか日々考察と実践を繰り返してきた。

ある育児書の中に、寝かしつけるためには「ハイウェイをドライブするのも良いでしょう」と書いてあるのを見て一瞬「欧米かっ!」と懐かしいツッコミを入れそうになったこともあるが、冷静に考えればその本は海外の本の和訳で、地域や環境によって様々な対処方法があることも確かだろう。

まずは泣く理由だが、おおまかに幾つかのパターンに分けられる。

1. お腹が空いたのでミルク、もしくは食べ物がほしい(今すぐ)
2. おしっこ、もしくはうんちでオムツが限界、替えてほしい(今すぐ)
3. 暑い、寒い、お腹が痛い、熱があるなど環境や体調に不満があるので対処して欲しい(今すぐ)
4. 眠いので、とんとんやゆらゆらなんでもいいのでとにかく気持ちよく寝かしつけてほしい(今すぐ)
5. 謎

1から4はその原因がわかればある程度対処が可能であるが、厄介なのが5の「謎」だ。

ご飯はしっかり食べてお腹はいっぱいのはず、オムツも替え、部屋の温度やベッドも整え、発熱や病気の兆候もないにもかかわらず、一本釣りであげられたばかりの鮮魚のようにピチピチ跳ねながら泣き叫ぶパターン。
こうなると、「子供は泣くのが仕事だから仕方ないわねえ」という大人のメンタリティーは真夏の炎天下のかき氷くらいの勢いでどんどん溶けて行き、最後にはそのアイデンティティーをすっかり失った、ただの色付き砂糖水のような状況に追い詰められていく。
氷ではなくなったかき氷に、もはやほとんど存在価値を見出すことが出来ないのと同様に、自分には養育者としての資格がないんじゃないか、そもそも子育てなんて全然向いてない気もしてたし、自分自身が大人として未成熟なのではないか、もう全てを捨ててどこか遠い知らない国にでも行ってしまった方が良いのではないか、などと考え始める。

ここまでの時間はほぼ30分から45分、1時間を超えてくるとかなりキツイ戦いになってくる。この状況下で果たして僕たちはどうすれば良いのだろうか。

自分なりの仮説を立てると、この「謎」の状況は急に出現するのではなく、その過程に至るまでのプロセスがあるような気がしている。「謎」状態になってしまっている時、子供自身ももはや自分が何を求めて泣き始めたのかわからなくなっていて、ほとんど錯乱状態になっているのだ。
最初はお腹が空いたという意思表示だったのに、それをわかってもらえずにオムツを替えられる、着替えをさせられる、などのちょっとフォーカスのずれたことを続けられた場合、養育者に対する信頼がなくなり世界の全てが信じられない絶望的な状態になってしまうのではないかと想像する。

その場合、自分がすべき行動は何か、それは「自分と子供を信じる」ことである。
「大丈夫だよ」と言い聞かせるのだ。子供、そして自分に「大丈夫、きっとこの問題は必ず一緒に解決出来る」と。
止まない雨がないように、泣き止まない子供はいない。雨はいつか止むし、子供もいつか必ず泣き止む。そう信じて冷静にもう一度謎解きをしてみると、「あ、さっきオムツ替えたけどまたおしっこしているのかもしれない」「もしかして服を着せすぎて暑いのかも」など、思い当たる節がある可能性が高い。
そしてそれが当たっていた場合、子供の涙は熱帯雨林のスコールのように突然止み、なんなら激しい雨の後に浮かぶ美しい虹のような笑顔を見せてくれることもある。たまにだけど。

(by 黒沢秀樹)

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