あの頃を忘れない。時短、適温、自分流ミルクの作り方

子育て経験がある人たちに共通の不思議なことがある。それは育児の記憶、特に大変だった時の記憶を「忘れちゃう」のである。子育て経験のある知人友人に会っていろいろと話を聞こうと思うとだいたい返ってくる答え、それは、

「わあ、懐かしいなあ」
「うちの子もこんなにちっちゃかったのねえ」
「どんなだったかもう忘れちゃったあ」

ウソだろ!? こんな大変なこと忘れるわけないし、困った時のために裏技いろいろ教えてもらおうと思ってたのに!と心の中でつぶやくが、実際に今自分が生まれたてほやほやの赤ちゃんを目の前にすると、おやおやびっくり、すでに1年半前のその頃の記憶をなくしているのである。
試行錯誤の上編み出した光の速さでミルクを適温にする方法、おくるみの巻き方や寝かしつけのためのルーティーン、素早いオムツ交換の手順、洗面台を使った沐浴など、日々格闘していたことの記憶はすっかり美化され、うっすらと霧深い森の奥に佇む古城のように儚く浮かんでいる。

これは動物の本能なのではないか、と思う。大変だった事やネガティブな記憶をいつまでも引きずっていると、目の前の大切な事に集中できなくなるのは当然だし、楽しかった記憶や良い思い出があれば、それを糧にまた育児をしたくなる。種の保存を考えると、そのメカニズムはとても理にかなっているような気がする。

しかし、こんな貴重な経験をそのまま忘却の海に沈めてしまうのはいささかもったいない気もするので、まずは忘れちゃっていいことと、覚えておきたいことを分別し、有益と思われることをとりあえず書き残してみようと思う。

【お待たせしません!ミルクを素早く適温に作る方法】

<必要なもの>
・哺乳瓶
・粉ミルク
・哺乳瓶を入れて若干余裕のある口径と深さのある容器
・熱いお湯(70度以上推奨)
・氷(クラッシュアイスが理想、いらないけど)
・水(ミルク用の湯冷ましと冷却用のもの)

子供は子供のくせに子供なりにそれぞれミルクの温度に敏感で、熱いのが好み、ぬるいのが好みなど結構温度にうるさい。ケータリングのカレーが辛いと言ってライブをキャンセルするミュージシャンもいたらしいので立場的にあまり文句も言えないが、ちょっとでも温度が気に入らないと一層泣き叫んだりするので、なんとかならないものか考えた末、自分が選んだ方法がこれだ。

まずは哺乳瓶がちょうど良い具合に入るサイズの容器に氷を詰め込んで冷却用の水を満たし、キンキンに冷えた氷水を作る。その後哺乳瓶に定量のミルクを入れ、出来上がり量の半分程度の熱湯で溶かす。
「最初から適温のお湯で作ればいいじゃん」という声も聞こえてきそうだが、まず熱湯で作るのには意味がある。殺菌効果である。ミルク自体は溶けても、水やぬるま湯では衛生面に不安が残るという考え方で、確かに理にかなっている。だいたい70度以上が推奨されているが、どうせなら沸騰させて使うのがベストだろう。
ぐるぐるしゃかしゃか。熱湯を使うと混ぜ方によっては空気が膨張し密閉の良い哺乳瓶の乳首からミルクが噴き出して部屋中にライブペインティングをすることになるので、慎重にしゃかしゃかする。

ミルクが溶けたらそこに定量まで湯冷ましかミルク用の水を入れ、哺乳瓶を先程の氷水のボトルに突っ込んでカラカラと回し、時折手首のあたりに出して確認しながら適温になるまで冷やす。
ちょっとそばやうどんを締める感覚に近いが、こうすれば諸条件を満たしつつ時間と水をかなり節約できる。自分は百円ショップで買ったキッチン用のガラスのボトルを愛用していたけれど、使う哺乳瓶のサイズによっていろいろ試してみると良いかもしれない。
いつ何時子供のミルク警報が発令されるかわからないので、氷は常にストックしておくことも重要だ。製氷機能がある冷蔵庫があるとさらに安心感が増す。そして次のミルク警報が発令されることに備え、一式を定位置に戻しいつでも出動できる体制を整えておければさらに安心である。

しかし、ここに待ち受けるさらなる手間が消毒だ。雑菌の繁殖を防ぐために哺乳瓶を煮沸消毒することが推奨されているが、ミルクを作って与える度にこの作業をするのはかなり大変で、実際ほぼ不可能だとさえ思う。毎回ミルクを与える度にお湯を沸かして哺乳瓶を煮沸するなんて、もはやひとつの職業にしてもよいくらい面倒な作業で、まるで終わりのない罰ゲームをさせられているような気分になる。

これを解決するために自分がとった方法は、同じ哺乳瓶を複数用意することである。最低2つ、出来たら3つは欲しい。一度に3本の哺乳瓶を大きい鍋で煮沸消毒しておけば、3回分のミルクのオーダーに対して一度の煮沸消毒で対応出来ることになる。
もし1つしか哺乳瓶がなかった場合、ミルクを与えている間にすでに次のミルクオーダーに備える心構えをしなければならず、そうなるともはや一日中ミルクのことばかり考えている専業ミルク係のような状態になってしまう。これでは他のことが手につかなくなってしまうし、時間も心も粉ミルク並みに溶けて流れていってしまうだろう。
哺乳瓶は複数用意すること、これは自分の中では譲れない部分である(誰に対してかわからないけど)。

粉ミルクは流水で冷まして温度調整をするというのが一般的で説明書にも書いてあるが、自分の場合、そこがどうにも耐えられなかった。エコロジーが強く叫ばれる時代、世界中には飲み水に困っている人たちも沢山いるはずなのに、この分量のミルクを冷ますためにこんなに大量の水を使って良いものかという罪悪感に併せ、待っている時間子供はずっと泣き続けるので水道の蛇口と子供の涙腺という物質的なものと精神的なものの双方からのアプローチ、さらに日々これを続けていたら水道代どんだけかかるんだろうという経済的な危惧も加わるとなると、それはもう相当のストレスである。

そもそもこんなに技術が進歩しているのに、どうして粉ミルクの作り方はそんなに昔と変わらないのか、何か解決策はないものかとミルクを作る度にずっと思っていた。手間がかからずにそのまま飲めるミルクが紙パックやペットボトルでコンビニに売っていたらどんなに便利だろう。
ニーズを考えたらきっとビッグビジネスになるはずなので、どこかの食品会社に企画書でも書いて送ってやろうかとさえ思っていたら、やはり欧米では既にそのまま使えるミルクが発売されていることを知った。
出来たらお母さんのおっぱいですくすく育つのが理想的だとは思うが、昨今ではそう簡単にはいかない家庭も多いだろうし、地震や台風などのリスクの多いこの国で何故こういう製品が作られてこなかったのかは疑問だ。
昨年になってようやく液体ミルクが国内で発売されて、台風の被災地などでかなり助けになったらしいが、技術の進歩がこういうことに生かされるのは本当に素晴らしいと思う。

ちなみにミルクにはお得な缶入りと小分けになっているものがあるが、首がすわる頃までは割高だが小分けのものをよく使った。なぜかというと缶入りは寝ぼけている時に何杯ミルクを入れたかわからなくなったり、寝ぼけて自分のコーヒーに入れそうになったり、寝ぼけてキッチンの床にぶちまけて途方にくれることがあるからだ。とにかく育児は、眠いのである。

(by 黒沢秀樹)

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