紙オムツ爆発事件ファイル

前回は育児の労力を激減させる偉大な発明品、紙オムツの素晴らしさについて書いたが、今回はさらにもう一歩その歴史に踏み込んでみようと思う。
そもそも紙オムツがいつどこで発明されたのか、気になって眠れなくなりそうだったのでちょっと調べてみることにした。

正確な史実まではわからなかったが、初めて紙オムツの原型がうまれたのはなんと1940年代のスウェーデンらしい。第二次世界大戦中、ドイツからの経済封鎖を受けていたスウェーデン政府は原料となる綿花の輸入を規制され深刻な布不足に陥り、布以外にオムツの素材になるものがないかと考え出されたのが紙だった。使ってみたら意外といいじゃん、ということになり、これがヨーロッパに普及し、さらにアメリカに渡ることになる。

日本では1960年代に発売されていたらしいが、その価格の高さと時代の慣習にマッチしなかったことから、あまり普及しなかったそうだ。当時は「布オムツを使ってこそ本当の子育てである」のような価値観があったらしいが、ビートルズが日本武道館でコンサートを行うことに対しても反発があった時代であることを考えると、それも不思議ではない。

しかし急速に女性の社会進出が進んだことでニーズが増え、商品の研究開発にも拍車がかかることになる。紙オムツの誕生とその進化が戦争や女性の社会進出という時代背景と繋がっていると思うと、現在の紙オムツがあるのは苦難に立ち向かってなおクリエイティブな感性を失わなかった先人たちの努力の賜物であることがわかる。まさに必要は発明の母であり、実際に紙オムツは母に必要なものだったのである。

さて、今回のテーマに戻ろう。そんな進化を遂げてきた紙オムツだが、自分たちの生活は便利になる一方で、より複雑な新しい問題に直面することになることもまた避けられない。もはや紙オムツはただの布の代用品ではなく、研究と進化を重ねてきた素材によって作られる、高度で複雑な機能を備えた製品のひとつである。ユーザーの想像を超えるクオリティを持つ製品は、時に想像しない事態を招くこともある。

それはいつもと変わらない朝だった。子供に起こされて眠い目をこすりながら、朝食の支度にとりかかる。映像機器のリモコンを手に機関車トーマスを見せろとせがむ子供と駆け引きをしながらとりあえず果物などを切り、自分のコーヒーを入れるために電気ケトルのスイッチを入れる。準備が出来たら一緒にテーブルを囲み、食事を終えたらオムツを替えてパジャマを着替えさせ、それらを洗濯機に放り込んでスイッチを入れる。子供が一歳半ばを過ぎた頃から、概ねこのようなルーティーンをこなすようになっていて、その日もほぼ無意識にその流れに乗っていた。

天気はすこぶる良く、洗濯物はそのまま外に干せばすぐに乾きそうだった。今日は2回洗えるかな、などとちょっと明るい気分で洗濯機の扉をカシャっと開けると、そこには自分が想像もしない、見たことのない景色が広がっていた。
大量の白い得体の知れない物体。よくわからないが、明らかにそこに存在するべきではない何かが脱水された洗濯物に絡みついている。驚きのあまり思わず声が出た。晴天の霹靂とはまさにこういうことなのだろう(たぶん違う)。

一瞬、何が起きたのかわからなかった。洗濯機が壊れたのか、洗剤とは何か別なものを間違って入れてしまったのか、もしくは巨大カマキリが卵を産んだのか。
そして次の瞬間気がついた。これは紙オムツだ、と。あろうことか、寝ぼけた自分はパジャマと一緒に脱がせた紙オムツを洗濯機にそのまま放り込んでしまったのだ。
自重の200倍から1000倍もの水分を吸収するという高分子吸収材が高性能な洗濯機の力によって紙オムツの中から解き放たれた時、それは一気に爆発して水分をたっぷりと含み、まわりの全てを覆い尽くしたのだ。

終わった。もうダメだ。せっかく奮発して買ったドラム式の洗濯乾燥機をこんなにすぐにダメにしてしまうなんて、自分はなんて愚かな人間なのだろうか、もう誰も知らないどこか遠い国に行ってしまいたいという気持ちにもなったが、後悔先に立たず。
まるで化学消防車が放水した後のような状態の洗濯物を意を決して触ってみると、なにか不思議な感覚である。ぬるっとした手触りだが意外にもまとわりつくような感じはない。ぬるっとしているが、さらっともしている。とりあえず深呼吸をして、このかつて経験したことのない現実と向き合うことにした。

まずは洗濯物を救出するべく全てを洗濯機の外に出し、ベランダに出た。天気が良いことは救いだった。なぜなら、もしこれが乾けばまた粉のように小さくなり、オムツ1枚分の質量に戻るのではないかという希望を見出せたからである。そしてその予想は当たった。

しばし乾かすと泡は粉のようになり、洗濯物からさらさらと砂を落とすように離れた。洗濯機の中に残ったプニプニも理屈で言えばそのほとんどが水分であり、そのまま流しても問題はないはずだ。さらにこの洗濯機には「お掃除」モードが付いている。定期的にカビや汚れを防ぐために使う、洗濯機自体を掃除するモードである。これを使えばなんとかいけるかもしれない。
あらかたを取り除いた後に、意を決してその機能を選択しボタンを押した。しばし不安な時間をやり過ごした後、カシャっと扉を開けると、そこには何事もなかった様にいつもの見慣れた風景があった。

戦いはひとまず終わった。自分と洗濯機はどうにか元の世界に戻ることが出来たのだ。一気に肩の力が抜けた。

その後落ち着いてネットで検索してみると、やはり同じような経験をしている人たちが沢山いることを知り、自分の判断と行動は概ね間違いではなかったことが証明された。
安堵感に胸を撫で下ろしたその日の夜、子供は生き残ったパジャマを着て、ごはんをおかわりした。
まだきちんと言葉にならない声が聞こえた気がした。「父さん、ばかだねえ」。

(by 黒沢秀樹)

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