炊きたてのごはんの香り

ものの見方が変わるということは、自分の人生の新しい一面を発見できることでもある。
そういう意味で子供と育児は人生を変える力を持っている。時には過去の記憶さえもまた新しいものにアップデートしてくれることもあるのだ。
今回は引き続き赤ちゃんの「うんち」にまつわるごく個人的な記憶と、その変化のことを書こうと思う。

感じ方は人それぞれだと思うが、まだ母乳やミルクしか飲めない時期の子供、乳児のうんちは炊きたてのごはんのような匂い(香りと呼んだほうがいいかもしれない)がするという説がある。
自分にとってこれは事実であった。それを経験するまでは「いやいや、そんなわけないでしょ」くらいに思っていたのだが、ごはんを炊いている時に間違えてオムツを手にとってしまいそうになることが何度かあったくらいである。
米を主食とする日本人としてこれまでかなりの量のごはんを炊いて食べてきたが、炊きたてのごはんの香りのするものが、炊きたてのごはん以外にも存在することをあらためて知ることになったのだ。

あらためて、というのには訳がある。実は全く違う状況で同じ台詞を聞いたことがあったからだ。

以前プロデュースをしていたバンドの仕事で京都に行った時、おいしいものが好きなスタッフと蕎麦屋を訪れた時のことだった。
僕は蕎麦がかなり好きで、伝説の職人さんが開く紹介がないと参加出来ない蕎麦会や、山奥にひっそり佇むカルト的な名店、立ち食いのコロッケそばから街の蕎麦屋の丼物や中華メニュー(もはや蕎麦じゃないけど)まで幅広く足を運んできた自負があるが、そんな自分の記憶に残るその店はどちらかというと敷居の高いタイプの高級店で、粉や打ち方によって異なるいくつかの種類のものを出していた。
蕎麦の香りを邪魔するいかなるものも排除するかのような雰囲気の中、「こちらは枝豆のような香りがします、そしてこちらは炊きたてのごはんのような香りがするので、まずは何もつけずに召し上がってください」と、はんなり言われたことがあったのだ。
そしてその蕎麦は確かに、炊きたてのごはんのような香りがした。

蕎麦の中には炊きたてのごはんのような香りがするものがあり、そして乳児のうんちも炊きたてのごはんのような香りがする。
その経験がひとつに繋がった時、自分の中で新しい認知が生まれることになった。自分の想像を超えた範疇のものに共通点を見出せたという点で、これは非常に革新的だった。
ある種の特別な蕎麦と、乳児のうんち。正反対とも思えるそのどちらもが、自分にとってはとても愛おしくかけがえのない記憶としての地位を得たのである。

パソコンのフォルダに例えるなら、今までは全く別な階層に保存されていたふたつのデータが「かけがえのない記憶」フォルダに移動したのだ。

またあの蕎麦屋に行って同じ説明を聞くことが出来たなら、間違いなく自分は赤ちゃんのオムツを替える時の、あのなんともいえない甘やかな記憶を辿ることになるはずだ。
そしていつか大きくなった子供と一緒にあの蕎麦屋に行く機会があったなら、と想像することさえ出来る。

「どうしたの?せっかくの蕎麦、乾いちゃうから早く食べなよ」
「あ、うん。これ、たしかに炊きたてのごはんの香り、するよな」
「よくわかんないけど、炊きたてのごはんの匂い嗅ぎたいならごはん食べに行けばいいんじゃない?」
「はは、確かにそうだな、でも、お前にもそのうちわかる日が来るよ」
「一生わかんない気がする」

まだ子供に蕎麦は食べさせていない。

(by 黒沢秀樹)

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