離乳食という川(続編)「離乳食のいい塩梅」

新型コロナウィルスの影響で緊急事態宣言が発令されたことに合わせてしばし番外編を続けてきましたが、今年のゴールデンウィークは自宅で過ごす方も多く、育児にも様々な影響や変化が出てきていると思います。みなさんからのメッセージは引き続き募集しますが、ひとまず今週は一度本編に戻ろうと思います。離乳食という川、続編です。


初期離乳食を作るにあたって悩ましいところは、作る側が「おいしいのかどうかさっぱりわからない」ことだという思いを前回は書いた。
そもそもこの時期の子供はまだ味覚というものが発達していないので味がわからないという話もあるが、やはり少しでもおいしいものを食べさせたいと思うのが酸いも甘いも嚙み分けてきた自負を持っている養育者の困った習性である。

初期離乳食には塩分や油分を含めた調味料の味付けは必要ないというのが一般的な考え方で、そうなると使用できる素材はかなり限られてくる。お粥をはじめ、すりおろした果物や茹でてからペースト状にした野菜などがメインのメニューになってくるわけだが、この段階ですでに自分は料理の根本を見直すことになった。まずは素材の味と適した調理の仕方、そして組み合わせという基本に立ち返る必要に迫られたのだ。

音楽に例えるならあれこれいろんな音が詰め込まれたものからそれぞれの音だけを取り出して聴いてみるようなもので、ひとつの楽器や歌がそれだけでも充分に成立するような素晴らしい演奏をしていると、それが他の演奏と交わった時に化学変化のようなものが起きて新鮮さや奥行き、広がりなどの複雑な印象が生まれる。

この経験はあらためて食材の味を知るという意味では役に立った。普段あまりそのまま食べることのない食材を全く味付けせず食べてみると、なるほどこんな味だったのか、とあらためて感じることになる。
自分の場合、基本的に料理というものを「今お米しかないんだけど、どうにかおいしく食べられる方法がないだろうか、とりあえずバターと醤油で炒めてみよう」というような状況からスタートしたので、これは真逆の発想とも言える。味を加えることなく調理するというのが初期離乳食の基本なのである。
しかし、自分なりに何かしたい、足跡を残したいと思うのが養育者の習性である。

そこで離乳食の次のステップに登場するのが「出汁」(だし)である。日本が世界に誇る「うま味」。塩分も油分も加えられていない出汁は初期離乳食には欠かせない調味料だ。

なぜ世界に誇るかというと、うま味成分(グルタミン酸やイノシン酸など)というものを発見し、後にそれを科学的なエビデンスに落とし込んで世界に広げたのはなんと日本人なのである。
甘味、酸味、塩味、苦味、という4つに定義されていたものに加わった第5の味覚、うま味はそれまでずっと存在していながらも世の中には認められていなかったものなのだ。

さらにちょっと調べてみたらこの「うま味」発見者の池田菊苗さんという方は留学先のドイツで夏目金之助さんという方と同宿に暮らし、日々様々な交流や議論をしていたそうで、その金之助さんというのはなんと後の文豪、夏目漱石であるらしい。
日本オリジナルの「うま味」と「我輩は猫である」が生まれる源流が異国の地ドイツにあるというのはなんともロマンのある話で、きっとこれから出汁をとるたびに自分は「我輩は猫である。名前はまだない。どこで生れたかとんと見当がつかぬ」。という冒頭の一節を思い出すことになるだろう。(なるのか?)

なんだか脱線してしまったが、とにかく日本に生まれたからにはこの「うま味」を感じてもらいたいという気持ちが生まれたわけである。
スーパーに行けば粉末や液体で素晴らしく美味しい出汁がたくさんあるが、市販の出汁には塩分をはじめいろいろなものが入っている。離乳食にこれはあまり適当とは言えない。
よって自力で出汁をとることになるわけだが、これが実に面倒くさい。この際書くのも面倒なので省くが、初期の離乳食はほとんど小鳥がついばむ程度の量しかないわけで、そのために少量を毎回作っていると非常に効率が悪い。
そんな時に活躍する便利アイテム、それが製氷トレイのような冷凍保存容器だ。これで冷凍させたものを取り出し、フリーザーパックに詰めて保存して置くことでかなりの効率化が期待出来る。
必要な分だけ取り出すことが出来るし、カボチャやりんごなども加熱しペースト状にして冷凍しておけば、ミルクと混ぜるだけで一品が出来上がる。これはお粥だけでなく、あらゆる初期離乳食のストックに役立つ必須アイテムだろう。

出汁を使うとどうなるかということだが、これがかなり違う。味に深みと奥行きが加わり、自分なりにおいしいのかどうかの判断が少し出来るようになってくるのだ。
出汁と合わせるもののバランスを調整し、いい塩梅に味がまとまると少しだけ達成感が生まれる。
まだ塩も梅も使っていないのに「いい塩梅」というのもなんだが、もともとこの言葉も塩と梅で作った梅酢のことらしい。日本語の深みと奥行きを感じられるようになったのも離乳食のおかげだろうか。(たぶん違う)

肝心な子供の反応だが、はじめは正直よくわからないので「おいしそうに食べていると思うことにする」というのが自分にとっての正解だ。
日々この作業を積み重ねていくと、明らかに子供が味の違いを認識しているような気配が生まれ、ある日、とてもおいしいと感じているのではないかという確信めいたものが持てるようになってくる。
こういう反応が現れてくるととても嬉しくなる反面、同時においしくない、気に入らないと感じている場合は気配ではなく絶叫となり、食べないどころか部屋中に撒き散らしたりするので、これが結構なダメージを受ける。
がんばって作ったものが全面的に拒否された時の気分は、時間と労力をかけて作った自信作を発表したものの全く誰からも評価されなかった場合のミュージシャンと同様、今すぐ誰も知らないどこか遠い国にどこでもドアで逃げ出したくなるほどのものである。
そうなってしまうと育児全般に気力がなくなってしまい、もう一生ミルク飲んでろよと思うようになってしまうのでこれはよろしくない。

育児全般に言えることだが、やはり離乳食もがんばりすぎるのは良くないのである。もしかすると適当に市販品を使ったり、作り置きをしたりしてどうやって手を抜くかを上手に考えることの方が大切かもしれない。
そしてなにより、子育てをする本人が自分の食事をちゃんと取ること、これがなによりも大切である。子供においしいものを食べさせたいなら、まず自分がおいしいものを食べたほうがいい。かわいいとおいしいがあればなんとかなるのだ。

先の番外編でいただいたメッセージにあった「完璧な親よりも、機嫌がいい親」の方が子供にとってもいいことは間違いない。「いい塩梅」というのは何事にも大切なのである。

(by 黒沢秀樹)

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