毎日がはじまりの日

自分の50回目の誕生日の夜に、このノートを書いている。

父親としてはまだ2歳ちょっとだが、人間としてはもう決して若いとは言えない年齢である。ついに先日はパソコンの小さな文字を読むために、ステージ上にリーディング・グラス(老眼鏡)を持ち込んだ。 眼鏡が似合うと言ってもらえたのはまだ救いだが、ずっと視力は良い方だったので、眼鏡やコンタクトを常に使っている人たちの気持ちがこの数年でようやく理解できるようになった。考えようによってはこれもひとつの成長である。

初めて行ったライブ会場と配信のハイブリッドでのバースデーライブ、そして誕生日当日の新曲配信というなかなかに手のかかる作業を育児と並行して短期間に進めるのは、今の自分にとってかなり負荷の大きな作業だったが、なんとかやり遂げることが出来たのはずっと応援してくれている方々やスタッフのおかげである。あらためて感謝している。

久しぶりの新曲「手のひら」は、育児という子どもと一緒に過ごす濃密な時間がなければ生まれなかった作品でもある。このノートと是非合わせて聴いてもらえたらうれしい。

先日のバースデーライブに来てくれたみなさん、そして配信で参加してくれたみなさん、ありがとうございました。あんまり実感がないけれど、幸運なことに50歳を迎えることが出来ました。そして今までずっと音楽を続けてこられたのは奇跡のようなことだと思います。あらためて僕の音楽活動を支えてくれているみなさんに感謝しています。 ...

そういえば、子どもには月齢に応じた身長と体重の目安を計る「成長曲線」というものがあるが、それに対して養育者の「老化曲線」というものがあったとするならば、これから自分はそのカーブをそれなりに通過し、線の交差するタイミングで体力や気力が逆転することになるのだろう。
そう考えると、この夏でもはや自分はそのタイミングに差し掛かってきてるんじゃないかという気がしてきた。2歳児にすでに体力と気力を超えられてしまうとこの先が思いやられるが、実際、子どものパワーはすごいものがある。

休日に大きな公園に連れて行けば一日中走り回り、休むことなく遊び続けたかと思うとごはんを食べて爆睡し、起きるとまた全力で動き出す。家の中では大きなゴミ箱をひっくり返したり、DVDやCDを棚から引っ張り出して散乱させ、ちょっと目を離した隙にクレヨンで棚に見事な抽象画を描いてそれを指差し「あーあー」と言っている。正直、父親として2歳であり、人間として50歳でもある養育者の自分は、フラフラである。

最近はアンパンマンや機関車トーマスに夢中で、それを見ている間に家事をすることが出来るので本当に助かっているが、やはり飽きると絵本を読み聞かせたりすることもある。
子どもが生まれる前から自分が唯一持っていた絵本がある。ミュージシャンのボブ・ディランの楽曲をもとに作られた「はじまりの日」(原題『forever young』)という本だ。まだ言葉のわからない乳幼児がどういう解釈をしているのかは謎だが、本の中の大きなバスやフォルクスワーゲン・ビートル、大人はなかなか目の行かない端の方に描かれている猫や鳥を目ざとく見つけて楽しんでいる様子だ。

はじまりの日

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他にも小さな子ども向けの絵本がたくさんあるにもかかわらず、一時期はこの本がお気に入りで何かと持ってきては読んでいた。ディランがお気に入りとは、なかなかセンスがいいじゃないかとちょっとうれしくなったりもしたが、きっとこの本の大きさと絵が気に入っているのだろう。

巻末にこの本の絵を描いているポール・ロジャースという人が登場人物や背景にちょっとした種明かしをしていてくれて、これは音楽ファンとしてもとても楽しい。
そしてこの詩の翻訳がとても素晴らしい。ディランの歌詞のサビの部分「May you stay forever young」というのは、直訳をすればきっと「いつまでも若く」というような感じになると思うが、絵本にするにあたって訳者のアーサー・ビナードという人はこれを「はじまりの日」と訳し、

「毎日が きみの はじまりの日 きょうもあしたも あたらしい きみの はじまりの日」

と書いている。自分はこの翻訳がとても好きだ。

ライブがあろうとリリースがあろうと、父の誕生日だろうと子どもにとっては毎日が新しい一日である。自分も日々を新しい一日として過ごすことを、子どもに教えてもらっているような気がする。「forever young」の精神は、養育者こそが持つべきものかもしれない。

子どもは毎日自分に「あたらしい一日」を提示してくれる。
なにしろ、目の前にある「今」を生きている子どもと向き合うためには、その視線を共有しなくてはならない。後先のことを考えている暇がないのだ。
人間が大人になるということは、過去の経験や積み重ねてきたものを、どう未来につなげていけるかを考えられるようになることだと思う。しかし、それが出来るのもまさに「今」この瞬間しかないのだ。

自分に出来ることは限られるし、子どもはさらに成長のスピードを上げていくことになるだろう。でも、やりたいことはどんどん増えていくばかりだ。大事なことが増え続けて、心の中が忙しいけど、きっと自分にとっても「毎日がはじまりの日」だと思うことにしたい。

(by 黒沢秀樹)

※編集部より:全部のおたよりを黒沢秀樹さんが読んでいらっしゃいます。連載のご感想、黒沢さんへの応援メッセージなど何でもお寄せください。<コメントフォーム
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