「お風呂場」という戦場

先週は今年の夏の忘れられない光景について書いたが、子どもが生まれる前と後では役割が全く変わってしまう場所がある。その顕著な例のひとつがお風呂場、バスルームだろう。
子どもが生まれるまで、自分にとってバスルームでの時間は生活に欠かせない重要なもののひとつだった。ドラえもんに出て来るしずかちゃん並みのお風呂好き、というか、もはやお風呂依存症だったと言えるかもしれない。

まずは朝、おそろしく寝起きの悪い自分はなんとかベッドから這い出てコーヒーを淹れ、熱いシャワーを浴びて目を覚まさないと人としてほとんど機能しないような生活を続けてきた。
冬場は自分でも手足の冷たさに驚くほどの冷え性なので、夜はお湯にゆっくり浸かって温まらないとなかなか寝つけなかったし、真夏は汗をかくと湿度と不快感に耐えられず、許される状況なら日に数回シャワーを浴びることもあった。
ライブツアーに出る時は大浴場やサウナがあることよりも、狭くてもチェックアウトの時間が遅くいつでも好きな時間に入れるバスルームがある部屋を最優先に選んできたし、そしてなにしろ、新しいアイデアがふと浮かんだりするのはバスルームであることが意外と多いのだ。

しかし、子どもが生まれてからのバスルームは、なんとか目を覚まして人間になるための場所でも、リラックスして1日の疲れを取ったりするための場所でもなく、子供の体を洗浄するための「戦場」へと役割を変えることになる。

最近になって息子はようやく自分からお風呂に入りたがるようになり、チャプチャプと水を撒き散らしたりして遊んだり、シャワーや蛇口から流れてくる水を直接飲んだりしているのだが(←動物か)、遊びに飽きるとそのうち「しゃわしゃわっ」と言ってシャワーを要求するまでになってきた。
果たして今に至るまでにどのような紆余曲折があったのかを思い出そうとしたが、記憶は遠く忘却の彼方である。何度も言うが、養育者の育児中の記憶は光の速さで失われてゆくのだ。

確か初めての沐浴は洗面台だったように思うが、どうやってそんなことをしたのか全く覚えていない。これは数回チャレンジをして「無理!」と言う結論に達し、すぐにバスルームに移動したような気がする。
記憶にあるのは育児の先輩であるミュージシャン仲間からもらった、取り外しの出来る子ども用のバスチェアーについていたマットの、滑り止めの吸い付くような質感だけである。
そのバスチェアーは「子どもをお風呂に入れる時は自分のことをやってる暇がないから、これに座らせておくと便利だった」とプレゼントしてもらったもので、ハンドルに子どもが遊べるおもちゃがついていたり、リクライニング機能もついているとても機能的なものだった。
しかし、機嫌が悪いとそこに座らせようとするだけで絶叫し、シャワーで流すとさらに絶叫する。古くてそんなに広さのないバスルームではそれを置くとドアが閉まらなくなってしまうので常にドアは全開、そして泣き声も全開である。
自分は洗浄マシンとなってひたすら子どもの入浴をアシストし、どうにかバスタオルで包んで着替えさせるまではひと騒動であった。

その後しばらくして子どもが自分である程度安定した状態を保つことが出来るようになってからはじめて一緒に湯船に入れたが、これはなかなか感慨深いものがあった。浅い水深でも小さな子供にとっては危険があるので目を離せないが、父と子が一緒に湯船に浸かるというのは、何か偉大なことを成し遂げたような充実感があったことを覚えている。

しかし、離乳食の時と同様、世界の子どものお風呂事情がどうなっているのか気になってちょっと調べてみると、これがまたしても衝撃的であった。
欧米各国ではシャワーが主だというのはなんとなく理解してはいたが、日本ではごく当たり前の親が子どもと一緒にお風呂に入ると言う行為は、世界的に見ると非常に稀なことだという事実が判明したのである。外務省のホームページによれば、

「ヨーロッパやアメリカでは、風呂場はプライバシーが強く保たれるべき場所だと考えられており、たとえ親子であっても一緒に入浴することは非常識な行為で、特に父親と娘の場合は、性的虐待が強く疑われることになります。また、児童ポルノに関する規制・処罰が厳しく、入浴中の写真を撮る等子供をポルノの対象にしている可能性があると疑われれば、警察に通報されることもあります。」

という記載があった。
なるほど、たとえ親子であっても子どもはひとりの独立した個人であり、人権やプライバシーがあるという意識は見習うべき部分だと思う。しかし、子どもと一緒にお風呂に入ることが、非常識で虐待を疑われるほどのことだとは全く思っていなかった。
SNSで世界と繋がれる時代、温泉旅行の親娘の写真などをうっかり投稿してしまうと大変なことになりかねないのである。

ともあれ、世の中にはいろいろな文化や風習があるが、自分は温泉や銭湯という日本のお風呂文化が好きである。きっと遠くない未来に息子は「おやじうぜえ」などと言いつつひとりでお風呂に入ったりシャワーを浴びたりするようになるのだろうが、さらにそれを超えて大人になった時、一緒にゆっくり温泉にでも入ってくれたらいいなあ、などと思っている。さらにこっそりバイトをして貯めたお金で温泉旅行に連れて行ってくれようものなら、きっとおいしいものをたらふく食べさせたり、一緒に写真を撮ってみたり、いつもは飲まないようなお酒を飲んでベロベロになってしまったりする事は間違いないだろう。
書いていてちょっとどうかしてるとは思うが、小さな子ども用のスポンジ(犬の顔の形)を握り締めながらそんなことを思うのも、育児の醍醐味のひとつである。

(by 黒沢秀樹)

※編集部より:全部のおたよりを黒沢秀樹さんが読んでいらっしゃいます。連載のご感想、黒沢さんへの応援メッセージなど何でもお寄せください。<コメントフォーム
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