いっぱいいっぱいの二語文期

少し前に子どもの発語「よいしょ」や「ねんない」についての考察をしたが、第一次反抗期の最中の息子は急にいろいろな言葉を覚え始め、ようやく「二語文」を話し始めるようになってきた。幸い「イヤイヤ期」とも呼ばれるこの時期に「イヤ」と言わないのは救いだが、ハードロックバンドのボーカル並みにシャウトすることに変わりはない。

子どもの発語には個人差がかなりあるらしいが、大まかに言うと言語を獲得する前の「喃語(なんご)期」、一語で話す「一語文期」、その後「二語文期」「三語文期」と言うように段階的に言葉の数と組み合わせが増えていき、徐々に他者とのコミュニケーションが取れるようになっていくそうだ。
息子はようやくその「二語文期」に差し掛かってきたことになるわけだが、初めて息子が自分に向けて二語を使ったのは「ブーブー、いっぱい」であった。(やはりクルマ)

大きなマンションの駐車場に止めてある車を見て指をさし「ブーブー、いーっぱい、いーっぱい」と言ったり、絵本のカーキャリアに積んである何台かの車を見て「いーっぱい、いーっぱい」と言っている。
そんなにたくさんあるわけじゃないだろうと思いつつも、「そうだね、ブーブーいっぱいだね」と相槌を打っているわけだが、何しろ覚えたての言葉は繰り返したいらしく「いーっぱい、いーっぱい」と言い続ける。
正直もうこっちがいっぱいいっぱいであることも理解して欲しいものだが、当然そんな思いが届くはずもない。

そしてほぼ同時に「いっしょ」も使われるようにもなった。絵本の消防車とミニカーを重ねて「うーうー、(サイレンの音)いっしょ」と言っているのを見ると、絵の中の消防車とミニカーの消防車が同じものであることを認識していることがわかる。そしてやはり「いーっしょ、いーっしょ」と繰り返す。
子供のための「はたらくクルマ」の本が何冊かあるのだが、これには実にマニアックなものがたくさん載っている。まだ発音がままならない子どもにとって「重機運搬車」「ごみ回収車」「コンクリートミキサー車」などはもはや早口言葉のレベルだろうし、そもそも「ホイールローダー」や「カーキャリア」は日本語でさえない。大人が日常会話の中で「おお、重機運搬車が通ったね」とか「さっきカーキャリアとすれ違ったよ」などと言うことはまずないだろうと思うが、確かに自分も子供の頃に長いトレーラーや大きなブルドーザーを本で見てわくわくしていたことを思い出した。子どもはやはり珍しい乗り物が好きなのである。

発語に関してはいろいろ気になることはあるが、子どもと絵本やシールなどを見ていてふと不思議に思ったことがある。
犬は「わんわん」猫は「にゃあにゃ」鳩は「ぽっぽ」と言うのは定番だ。しかし、キリンは「キリンさん」象は「ゾウさん」なのである。それは大人がそう呼んで聞かせているからだろうが、なぜキリンや象には敬称をつけて呼ぶのだろうか。「わん」や「にゃあ」は確かに鳴き声で呼ぶとわかりやすいし、キリンや象の鳴き声を言葉でうまく表現するのは難しいからかもしれない。鳴き声が表現しにくい動物に「さん」をつけるのはなんとなくわかる気もするが、息子の場合ワニはなぜか呼び捨てであり、これはいささかワニさんに失礼なのではないかと思う。

ともあれ、これは日本語独特のものであり、言語によってその感覚の違いはかなりあるのではないかと思う。日本語というのはとても繊細で、同じ言葉でも対象やその状況によって意味を汲み取る、いわゆる「空気を読む」という作業が組み合わされる面倒な仕組みになっているのだ。
例えば「面白い」と言っても、興味深い、楽しいという意味だったり、場合によっては「面白い、やってやろうじゃねえか」などと物事に対峙する意思を感じさせるケースもある。
日本人が「察する」「慮る」ことにとりわけ敏感なのは、どうも日本語という言葉の文化にもかなり大きな要因があるのではないかと思う。

しばらく意味を考えていた息子の謎の言葉「ねんない」については読者の皆さんからも様々な独創的な解釈をいただいたが、どうやら「見えない」に近い雰囲気だということが最近わかってきた。
しかし、どうやらただ「見えない」のではなく「いないいないばあ」的な遊びの要素を含んだものであるらしい。
タオルを頭にかぶった時、洗面器を頭にかぶった時、ゴミ箱を頭にかぶった時(やめて欲しい)などに「ねんない」と言うことが多いからだ。今のところ「ねんない」は「いないいないばあ」の「いないいない」の部分だけを独自に取り出しているのではないかと想像しているが、時折謎のタイミングで言うこともあるのでまだ確証が持てずにいる。

遊んでいる時に「あーたい」と何度も言うのもしばらくなんのことかわからなかったが、人差し指を立てるという行動を伴ってはじめて「もう一回」と言っていることがわかるようになった。やはり言葉だけではなく、体を使った表現もコミュニケーションには大切なのである。
息子はまだまだ謎の言葉をいくつも発しているが、それがどんな意味なのかを察するのもまた育児の醍醐味である、と思うことにしている。

(by 黒沢秀樹)

※編集部より:全部のおたよりを黒沢秀樹さんが読んでいらっしゃいます。連載のご感想、黒沢さんへの応援メッセージなど何でもお寄せください。<コメントフォーム
ホテル暴風雨は世界初のホテル型ウェブマガジンです。小説・エッセイ・漫画・映画評などたくさんの連載があります。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内> <公式 Twitter>