「ごっこ」の向こう側

このところ、子どもがいろんなものを食べさせてくれるようになった。とはいっても本物の食べ物ばかりではないが、これはちょっとした驚きだった。少し前までは食べたいものを絶叫で欲しがり、食べたくないものを散乱させてテーブルが爆撃にでもあったかのような状態になることもしばしばだったのに、皿から食べ物をつまんで手を伸ばし、「あーん」と言いながら食べさせようとするのだ。いわゆる「ごっこ」のはじまりである。
いつもしてもらっていることを誰かにしようとする、ということは、独立したひとりの人間として他者と自分の違いを認識しているということでもあるだろう。

「ありがとう、でも父さんのはあるから自分で食べていいよ」と言うも「にんにん(にんじん)!もうもう(もぐもぐ)」などと言いながら口元に手を差し出されるので断るわけにもいかず、「おいしいなあ」などと言うとそれが何度も続くことになる。
今日は息子の大好物であるはずのはんぺんを差し出されて食べることになったが、嫌いなものをいらないと言われるならまだしも、好きなものをどうぞと差し出されたら養育者としては涙ながらに従うしかないだろう。
さらに食事の時だけにとどまらず、絵本を読んでいるとその中に出てくる食べ物を持ってくるようになった。本の中のスイカ、トマト、ブドウ、ナスなどをどんどん持ってきて食べさせようとする。もちろん絵なので「ごっこ」なわけだが、バーチャルなだけに終わりがない。なぜかやたらにピーマンを食べさせたがる理由は謎だが、こちらは気持ちもおなかもいっぱいいっぱいである。

しかし考えてみるとこれも大きな成長である。本の中に書いてある食べ物を認識し、それを想像して誰かに食べさせるというのは、まずはおいしい食べ物というイメージの認知があり、さらにそれを誰かと共有するということが不可欠だ。これは社会的なコミュニケーションの始まりといっても良いだろう。ここで養育者が全く関心を示さなかったり乗ってこなかったりした場合はこのごっこ遊びは成立しないわけで、同じ舞台に立つ大人の役割もとても重要なものになってくる。

そもそも子どもの「ごっこ」とは何なのだろうと思って調べてみると、シンプルに「模倣」ということになるらしい。たしかに「ごっこ」は真似をすることである。
乳幼児の場合、その場ですぐに真似することを「即時(直接)模倣」と言い、ある程度の時間を経てからもそれを再現出来ることを「延滞模倣」と呼ぶそうだ。「ごっこ」にも発達の過程によって種類と定義があることを初めて知ったが、どうやら息子はこの「延滞模倣」が出来る時期になってきたらしい。「延滞」と聞くだけで督促状や催告状などを思い浮かべてドキドキしてしまう自分にとって、はじめて「延滞」をポジティブな意味で捉えられる機会を得られたような気がしているが、これも育児のもたらす力である。
息子はたしかに大人の言った言葉や身振りをすぐに真似する時期から、その行動を自分なりの表現方法にカスタマイズし、再現出来るようになったことでコミュニケーションの幅が大きく広がっているように感じる。

自分も幼少期にはいろんな「ごっこ遊び」をしていたのだと思うが、思い出せるのはもう少し大きくなってからのものだ。「バスの運転手ごっこ」「レコード屋さんごっこ」「ラジオDJごっこ」「KISS(ロックバンド)ごっこ」などが記憶に残っている。
バスの運転手は子どもの頃になりたかった憧れの職業のひとつであり、「ここを過ぎると運賃が変わります」というアナウンスや、「プワーン」というクラクションの音など細かいディテールにまでかなりこだわっていた。「ラジオDJごっこ」はなかなかに高度なもので、父の持っていたラジカセとワイヤレスマイクを使って実際に電波を飛ばし、階段の上下でおすすめの曲を流すというものだった。(ちなみにKISSごっこはひたすら舌を出すだけである)

子どもは「ごっこ」が好きである。何かになったつもりでそれを演じたり、そこに何かがあることにして遊ぶわけだが、これは想像力がないとうまくいかない。そして想像力のもとになるのは環境がもたらすインプットである。
子どもと遊んでいると、自分たち大人ももう少し「ごっこ」感を楽しんだらいいのではないかと思う。もしこうだったらいいなあと思いながら夢を描くのは、大人も子どもも同じである。自分をはじめ、ミュージシャンも大体は誰かに憧れて真似をすることからスタートしているわけで、こんな曲が作れたいいなあ、と思うような素晴らしい作品に出会うかどうかが肝心なのである。
果たして息子はこれからどんなごっこ遊びをして、それをどう現実につなぎ合わせていくのだろうか。真似したくなるような楽しいことを、養育者である自分がどのくらい持っているかが大切なのかもしれない。

(by 黒沢秀樹)


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