「べき」と「ねば」をぶっとばせ

「どうして山に登るのか。そこに山があるから」というのは有名なセリフだ。
これはどうしてエベレストに登りたいのかと記者に聞かれた登山家ジョージ・マロニーが答えた言葉だと言われているが、実際には「because It’s there」(そこにあるから)というのが正解らしい。前人未到の高い山が目の前にあるならば、そこに挑戦したいという気持ちになるのは登山家として当然だろう。
同様に「子どもはなぜモノを散らかすのか」という質問にもこの答えを適用してもいい気がする。「子どもはなぜ散らかすのか。そこにモノがあるから」だと。
好奇心のかたまりである子どもにとっては、目の前にある多くのものは前人未到のエベレストと同じなのである。
これまで何度か育児中の方や育児の先輩読者のみなさんからいろいろな心のコントロール術を指南していただいたが、今回は自分を含め多くの養育者を困らせる「散らかし」と「片付け」について書こうと思う。

子どもは目の前のあらゆるものをひっくり返してごちゃ混ぜにし、飽きたら放置して次のターゲットを探す。ある程度の月齢になると、ひとつ片付けるともう他のものを散らかし始めているという無限ループが繰り返されることになるわけだが、これが続くとどんなに我慢強い人でもかなりの高確率で誰も知らない遠い国に旅に出たくなることは間違いないだろう。
子どもは言うことを聞かない。まだ言葉がわからないので当然のことだが、言葉が通じない相手に散らかすなと言っても無理なのである。猫に砂を散らかすなと言っても返ってくるのは「にゃあ」というのと同じである。

しかし、自分はある時からこれを徐々に自然なこととして受け止められるようになってきた。以前と比べても子供の散らかしパワーは格段にアップし、日々新しく散らかせるものがないか目を光らせているにもかかわらず、である。
自分に何が起きているのかを客観的に検証してみると、日々繰り返される散らかしと片付けの無限ループの中で、「散らかされると困るものを現場から排除する」ということを気づかないうちに実践していたことにある。これはシンプルで当たり前のことだが、実に大きな効果がある。

散らかされると困る物や、危険な物を物理的に手の届かない場所に置くことは、逆に考えれば散らかしてもいいものだけが置いてあるということになる。
そのフィルターをくぐり抜けたおもちゃや絵本などはどんどん散らかせばいいし、なんなら全てをぶちまけて一緒に遊んでもいいのである。
結果、子どもと遊んだ部屋は爆撃を受けた後のような状況(遊びにきた友達に見なかったことにしたいと言われるレベル)になるが、不思議と気持ちはあまり動じなくなる。そこに散乱しているのは自分で決めた散らかしてもいいものなので全く問題ないし、しまう場所を決めておけばそこにまたぶち込んでしまえばいいのである。

これは養育者のモノに対する価値観を見直す良い機会とも言える。子どもに散らかされて困る大切なものは、本当にどうしてもそこに置いておか「ねば」ならないものなのか。置き場所がないからという理由をつけているだけなのかもしれないし、そもそも後生大事に持っている「べき」ものなのか。もう一度考え直すことで、自分にとって本当に必要なものが見えてくる。

これは育児全般に言えることだと最近思っているが、肝心なのは子どもよりも大人の考える凝り固まった「ねば」や「べき」を子どもの目線で解体していくことである。そうすれば結果、「してもいい」が残ることになる。そうなってしまえばこっちのものだ。
以前にも書いたが、ただでさえ神経質になりがちな昨今の育児環境の中「ねばならない」「するべき」という気持ちは隙あらば養育者の心に入り込んでくるウィルスのようなものだ。今思えば自分の両親もこのウィルスにずいぶん苦しめられていたのかもしれない。

育児のストレスの多くは子どもの行動からではなく、この「するべきだ」「ねばならない」のような養育者の強迫的な気持ちから生まれているような気がする。
まだ言葉も通じない小さな子どもに「するべき」ことや「ねばならない」ことなどあるはずがないし、それは大人の価値観の勝手な押し付けでしかない。まずは養育者たる大人がその呪いから解放されなければ、子どもをまた同じ呪いにかけることになってしまう。
子どもに必要なのは「やりたいことをして、その結果をきちんと引き受ける」ことであり、それだけで充分なはずだ。大人にそれが出来なければ、子どもにだって出来るはずがない。
とにかくきちんと全てが片付いていないと落ち着かない人もいれば、散らかっている方が安心する人もいる。それは人それぞれのやり方だし、それを受け入れて納得出来ていれば何の問題もない。
自分が育児をクリエイティブだと思うのはそういう部分であり、それぞれの養育者と子どもが、自分たちの生活スタイルに合わせてカスタマイズしていけばいいのでないかと思う。誰にでも当てはまる正解などないのだ。

「べき」と「ねば」に対峙し、「してもいい」ギリギリのラインを歩く。自分が好きなロックンロールの真髄は、そこにある。(たぶん)

(by 黒沢秀樹)

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